★ぷうすけアイランド★

− 在るのか無いのか分らない未来のために −

2012年08月


>生きることが第一選択だよ・・・

そうですね。
それが第1選択肢だと思います。
でも、何処でどう生きれば良いのか分からない。


ぴっぴを何とかしてあげたい。

その為には鬼嫁が戻るしかない。
私は介護されない。
虐待が復活する。
避難しなければならない。


今の制度上、保護される可能性は殆どありません。

鬼嫁や長男と一緒に調査を受けねばなりません。
長男は出席しないでしょう。
役所は鬼嫁との会話が成り立たない事を知っています。
調査なんて出来るのか…。


施設に入所するのは可能かも知れません。

ケアマネは私がしてきた事を知っています。
「貴方が行くような所ではない」と猛反対しています。
「それでも構わない」とは言えません。

私も県内の施設の現状を知っています。
そして、鬼嫁が金を出さないでしょう。


同居するなら、介護内容の見直しという方法があります。

その為には認定変更をしなければなりません。
今でも特例扱いです。
更なるバージョンアップ(笑)なんて出来るんだろうか (・・?
だって、この県の福祉はビリから数えた方が早いんですから。



選択肢が見つかりません。


ウツで措置入院したほうが楽になれるかも、
なんて考えた時もあります。
そういう人間として扱って貰えます。
喜ぶような扱いではないけれど。

そんなウツにはなれません。
そうならない方法を知っています。
檻の中には入れません。

それでも、こんな状態です。
普通なら壊れていたと思います。
特例扱いにもなりますって。


* 発達障害者だからウツ・その他になるわけじゃないんです。社会が受け入れてくれないからです。私のブログは教育委員会・学校・教師を叩いています。そこに原因があったからです。
発達障害者は自分達の事を「当事者」と呼び、一般的な人を「普通の人」とか「定型」と呼んで区別します。昔のNPOや掲示板(今はBBSでしたっけ?)で使われた名残です。医師は使いません。
自分達の事を「宇宙人」と呼ぶのは、「どうせ分かって貰えない宇宙人なんだろ」「どうせ人種が違うんだろ」という意味合いで使われていました。開き直りみたいなものです。
アスペルガーの人達は「Aタイプ」(アスペルガー・タイプではありませぬ)なんて言葉を使っていました。誰が提唱したかは忘れました。
最近の人達が使っているかどうかは分かりませぬ。

――解説終わり――

アル中にもなれない。
ニコチン依存じゃ正気のままです。

何処に避難すれば良いのでしょう。


カウンセラーは要らない。
私がカウンセリングを受けて何かが変わるのか。
カウンセラーのお手並み拝見でもするのか。

カウンセリングを受けるべきは鬼嫁です。
少しは自分を知らなきゃいけない。
生い立ちまで遡らねばならない。
でも鬼嫁は拒否するでしょう。
まして、役所の仕事ではない。


介護福祉士(国家資格を持つソーシャルワーカー)や
ソーシャルワーカーが出番を待っています。

私と話し合ったところで何か変わるのか。
道が開けるのか。


問題解決は役所の仕事の1つかも知れない…。
本来の仕事は、私が受ける介護内容の提案です。
仕事をしようとしたら、障害物が存在した。
障害物を取り除き、あるべき姿にしようとした。
分かりやすく説明したのに、理解するどころか逆切れされた。

説明したのは福祉のベテランです。
何をどのように話したかは聞いています。
理解できないこと自体が不思議です。
それが壁となり、私は特例的な扱いとなってしまいました。

しばらくしてから、私がどんな環境にいたかを伝えました。
介護をしないのではなく、虐待をしていたと伝えました。
特例的扱いの内容が変わりました。
私がビックリしたほど、バ−ジョンアップしちゃいました。
今は更にバージョンアップされようとしています。

そもそもは家庭の問題です。
役所の仕事ではありません。
それだけ異常な状態だということです。



>奥様は自分が逆だったらと 考える事無理なんだ・・・

いつの間にか、そういう人になっちゃいました。
鬼嫁は、仕事をしている身体障害者達との交流がありました。
その人達と比べられたのかも知れません。
「あ」さんも耳にしたことのある難病です。
遺伝もします。薬の副作用も半端じゃありません。
ボロボロになって早死にします。
「働く事は出来ます。」

彼らと比較されても困ります。
彼らを思えば、比較する行為そのものが失礼です。

普通に付き合うなら良いことです。
鬼嫁は彼らの悪口も言っていました。
悪口をいう理由など何処にも無かったのです。
私にすれば「何考えてんだ」の世界です。
私も彼らを知っていたし、会えば会話もしていました。

彼らは家庭を維持しながら生きている。
その苦労も分からなかったのでしょう。
「障害者年金1級もらっているから金がある」
金で埋め合わせできると思っているのか?!ですわ。


今回の問題点は介護をしない。
アスペルガー、きちがい、出て行け、バカ、…等の、
人間性を否定する言葉を浴びせられた。
これだけで虐待と判断されてしまいます。
更に暴力を振るわれたわけです。

長男がとんでもない思い違いをしているらしい。
鬼嫁の電話が原因としか考えられない。
長女の言動の理由は察しがつくから何も言わない。


ついでに長女に言っておく。
お前が「ママって何々だよね」と同意を求めた時に、
「そうだね」と軽く答えたなら、もっと深い意味があったと思え。
私が誤魔化そうとしただけだ。

お前が「ママと似ている、同じ事をしてもしょうがない」。
そう考えたのなら大間違いだ。
お前は知っているようで知らない。何も知らない弟よりはましだが。

お前が疑問を持った事に、私は答えを言ってない。


>見てるから 生きて!

ありがとうございます。


人として生きたい。
家庭をもとに戻したい。
子供たちの誤解を解きたい。

それが出来ないと知っている。


ぴっぴに癒された。
ぴっぴの世話をするために生きた。
水を与えることさえ難しくなった。

鬼嫁に戻って貰う。
ぴっぴのために戻って貰う。

戻れば虐待が待っている。
保護されることは難しい。
施設への避難は有料。
鬼嫁は金を出さない。
車で逃げようか。
50キロも進まず生き倒れ。


私に非が無いとは言わない。
私だけが悪いわけではない。
読者が思うほど無理強いなどしない。


人並みの経験はした。


未来って何だ。
希望って何だ。
夢は夢で終わる。


生きる理由が見つからない。

自ら死ぬことも無い。

ウツを途中で止めてしまう。
どっぷり首まで浸りたい。


予約投稿は下書きのまま。
書き終えることは不可能。


総てを捨てるのだろう。
何も残せないのだろう。
これから何処へ行くのだろう。

自分で決められない。
選択肢も与えられない。
選択肢に死が無い。

困ったもんだ。



お前を県外の高校に入れた時は申し訳ない事をしたと思っていた。
お前と姉の年は離れているが、姉はまだ高校に在籍していた。
姉の状況はお前が知っている通りだ。
同じ高校に行けば教師達に比較される。
生徒達に話題にされる。
私もお爺ちゃんもお婆ちゃんも、
行かせるわけにはいかないと考えた。
別の高校に行かせたいと考えた。
お前にどんなふうに言っていたのかは知らないが、母は猛反対した。
お前の成績は短期間で上昇した。
この成績なら進学校でなければダメだと言うのだ。
私立もダメ、職業科など問題外だった。

そこで浮上したのが県外の高校に進学する案だ。
母も、そういった高校が存在することは知っていた。
難易度も高いだろうと思い込んでいた。
私に言わせれば高いどころの話ではない。
入れば勉強漬けの毎日が待っている。
お前の意に反している。

海岸地方なら通学する者も多い。
この地域から進学する者など殆どいない。
書店に行っても資料さえ無い。
秋田県の書店なら置いてあることは、出張した時に知っていた。
秋田県は遠過ぎる。
教師は過去問を見つけてくれたが、
私も県外に通い過去問探しをした。5回や6回ではない。
お前は頑張って合格した。
成績もスポーツも結果を残した。
友達も作った。
危惧した通り通学することにねを上げた。
アパートに入り夜間のアルバイトをしながら自炊をした。

私は出来る限り顔を出した。

お前達が小さかったころは寝顔しか見たことがない。
学校行事に顔を出したことも数えるほどだ。
キャンプには10回以上いったが、日程は2ヵ月以上前に決めていた。2ヵ月前には仕事の段取りを終えていた。
そこまでしなきゃキャンプになど行けなかった。
休日は職場に姉を連れて行って仕事をしていた。
365日働いている奴もいたような会社だ。

それでも顔を出した。
お爺ちゃんも連れて行った。


小学生の頃お前は学校や父兄から信頼されていた。
学校からの連絡や宿題の有無を確認するために、
同級生の父兄達から毎週何べんもお前に電話が掛かって来た。
お前は幼稚園の頃の出来事を覚えている奴だ。
覚えているはずだ。
手のかからない子供だった。

母は母の兄弟の長男に似たと言って自慢し可愛がった。
確かに似ているが、
お前が会ったことの無い私の従弟のほうが遥かに似ている。

誰に似ようと、そんなことはどうでも良い。
お前はお前だし姉は姉だ。
それぞれ個性を持った1人の人間だ。


母がお前を可愛がったのは、手のかからない子だったからだ。
母が姉を褒めていたように思っているようだが、
実際は手を焼いていた。


私は大人のADHDだ。
お前が高校2年の頃は全国的なNPOに属していた。
正式な会員でもないのに、県の世話役の手伝いをしていた。
当然、他県の世話役達とも会っていた。
いろんな話が入ってくる。

成人ADHDなら家庭を持っている者も多い。
(離婚に追いやられる者も多いが)
その人達の子供の多くがADHDやアスペルガーだった。
自分の存在価値を認めてもらうことに苦労しているのに、
子供のことで学校や教育委員会と折衝しなければならない。
その苦労は今とは比較にならない。
教育界は普通の学校から排除(隔離)することしか頭に無かった。

姉が小、中学生の頃も同じだった。

疲れた親たちは普通の我が子に癒された。
普通の我が子に希望を抱いた。
その普通の子が落ちこぼれになれば
当事者(大人の発達障害者)達は希望を失った。
普通の子を持たない者は癒してくれるものなど何もなかった。

母は世間に評判の良いお前を無意識のうちに可愛がったのだ。
親の財布から金をくすねていたけどな。姉は、そういうことが出来なかった。要領が悪かった。どっちもどっちだ。

この県には、子供のADHDを救う集まりやNPOが早くから存在した。
高機能も低機能も関係なかった。
親御さん以外に教師や病院も関わっていた。
ADHDの研究が日本の最先端だったからだ。

でも姉には遅すぎた。

お前は小学生の時に
「〇〇〇ちゃん(姉)みたいな人だって居るんだよ」
と私に食ってかかった。
存在を認めろ、愛情を持って接しろと言われたわけだ。
口数の少ないお前に怒られた。
教師自ら学級崩壊させたときでさえ何も言わなかったお前にだ。
お前からすれば犬猫を扱っているように見えたのだろう。
酷い仕打ちをしていると思ったのだろう。

私に比べ姉の程度が違い過ぎていた。
そして能力が有り過ぎた。

社会から姉の存在を否定されないためにやっていたのだ。
好きでしていたのではない。
虐待と知りながらしていたのだ。
発達障害なんて誰も知らない頃だ。
他の手立てなんて私には考えつかなかった。

私は3つの言葉しか言ってない。
バカとか死ねなどの否定的な言葉は使っていない。
だが、とてもきつい言い方をしていた。
お前は1度だけ姉と一緒に怒られた。
お前は震えていた。
幾らなんでもやり過ぎだと思った。
それを境に、その方法を使う事を止めた。
そして、これだけやっても、何も変わらないのかと悲嘆した。

それでも事あるたびに怒ったのは確かだ。
無意味と知りながら怒っていた。

それは小学生のお前に説明するようなことではなかった。
お爺ちゃんとお婆ちゃんは姉を褒めていたが、
何かある度にちょっと変わった子だと私に怒っていた。
大きくなれば自然に治るとも言っていた。
私は適当にごまかしていたが、
それがとんでもないレベルだということを知っていた。
私以外に姉の特徴に気付く者がいなかった。

同じADHDなら分かってしまうのだ。

姉の中学時代を思い出して欲しい。
その原因は私だったか?
何もしなかった学校側に原因があったのではないのか?

私は発達障害なんて言葉も存在しない時代に、
そうなる事を防ごうと必死だったのだ。


お前はレポートなら書けるが作文や感想文は書けない。
高校での始末書も私が作ったくらいだ。
そのお前が中学生の時、作文コンクールで賞を取ったと言った。
家族の誰もが驚き、賞状を見るまでは信じ難かった。
それが人権擁護作文コンクールと知り、それならあり得ると思った。
ちょうど、お前の周囲に不登校の生徒がいた時期と重なる。
お前は何もしない学校に不満を抱いていた。
姉が2次障害になりかけた時期とも重なる。
全てが姉を中心とした生活が続き、
中学生になってからは放っておかれたお前だ。
書けないわけが無い。
小学校では担任教師自らによって学級崩壊させられている。
書けるのが当たり前だと思った。
私の事を書いたのかもしれないと一抹の不安はあった。
でもお前は、誰かを傷つける文章など書かない。
何を書いたかは闇の中だ。
家族は誰も作文を読んでいないのだから。


私が東京で販売に携わったのは短期間だ。
大型店立ち上げのためのエリアマーケティング(インターネットも無い時代だ)や物流、商品管理…、生鮮もやった。
全て時代が必要とした部門ばかりだ。
時代背景もあるが、社員は消耗品、離職率も高かった。
大抜擢された者が突然左遷されることも珍しくなかった。
移動が嫌なら辞めるしかない。
辞めれば会社が喜ぶ。新卒を採用し人件費を抑える。
上から指示されて人事発令した総務部長など、良心の呵責に耐えかねて部長職を辞し平社員になり、頭を丸めて人事発令された連中と一緒に働いたくらいだ。
昇進とは別に、社内でしか通用しない資格試験もあった。
通信教育を受けなきゃ、要らざる者との烙印を押された。
確かに麻雀とスキーにうつつを抜かし、酒も飲んだし旅行もした。
だが強制的に勉強もさせられた。
しないわけにはいかなかった。


仕事も勉強も、ここと比べりゃ10年以上進んでいた。
ここの経営陣より知識があった。
そんな会社だから、とんでもない負債を抱えたのだ。
公表した負債額は実際の負債額と桁が違う。

ここに来て再就職したらコネが横行していた。
総務の資料に誰それさんの紹介と記載される。
私はコネを使う前に正式採用されてしまった。
これじゃ只の中途採用だ。
ついでに結婚してしまった。
食わねばならぬ、子供を育てねばならぬ。
後ろ盾が無ければ自力でやるしか道は無い。

言葉も分からぬ土地で実績を作らねばならぬ。
お前は信用して無いようだが、ここの言葉など分からん。

私はここで育っちゃいない。
お爺ちゃんもお婆ちゃんも、
他の土地ではここの言葉など使わなかった。
地元民のお前とは違うのだ。

通信教育など3つや4つ掛け持ちでやった。
全部東京で覚えた事ばかりだから、
ビール飲みながら3日もあれば十分だった。
人の使い方は東京で先輩から学んでいた。

ADHDは組織で生きることが難しい。
人との交流も難しい。
その解決方法を身に付けねば働くことが難しい。

私はその多くを東京での仕事を通して身に付けていた。
ここじゃ通用するが都会ではチトきつい。


取引先からバカにされるような訳の分からん人事もあれば
イジメもあった会社だ。
ここの風土と同じだ。

普通、取引先が面と向かってバカにするか?
私の会社のお陰で飯が食えるのだぞ。
バカにされて当たり前だったのだ。
世間体は良かったらしいが、中身は酷かったのだ。


お前達は私の交流した相手を知らない。
友達など1人も居なかったと思っている。
お前の母は一部を知っているが、只のベテラン平社員だと思っていたようだ。あれは上役が頭を下げる人達だ。
1部の者をバカにしていたら、お前の母は人を貶してばかりいると毒づいた。そいつは仕事も出来なきゃ外の世界も知らない、家族まとめて両親に面倒を見てもらっていたような奴だ。他の人より出来ない事を本人に向かって「出来る」と言うような奴だ。
お前の母が人を貶すのに比べりゃ可愛いものだ。


私も平社員で終わってしまった。

なぜか入社数年後に粉飾決算の事実を知っていた。
リベートの札束の隠し場所も知っていた。

経営陣の1人が穴をあけた金額と、帳簿をごまかして処理するのに10年かかった事を知っていた。
くだらない買い付けをして処分に困り、不法投棄した場所を知っていた。くぼ地が丘になった。この処理も10年近くかかっている。

金銭を使い込んだ連中を知っていた。金額と処理方法も知っていた。

全員上層部であり、責任を取った者はいない。
そして全員が経営陣になった。

コネの件を含め、全て機密事項だ。
どうして私が知っている?

私が辞める3年前に指名解雇の条件が成立していたが、会社は指名解雇をしなかった。人事異動で辞めさせた。訴え出れば会社都合になり、失業給付金を支給される期間も大幅に延長される。ところが誰も会社都合にしようとしない。自己都合で正解だと思っている。会社に仕組まれた事さえ気付かない。
指名解雇の条件が成立していたことも知らなかったということだ。
会社再建のために送り込まれた3名の中の1名が社員を辞めさせる係だ。
私が辞めた時、同年代は数名しか残っていなかった。残念なことに私は会社都合に出来る環境にはいなかった。仕方が無いから自己都合の退職届を出した。会社はそれを正式に受理している。

ところが私は会社都合で辞めている。

指名解雇第1号だ。2号がいたとは聞いてない。

なぜ、私1人が指名解雇にすり替わった?

内示が発令される度に、私に聞けと言われていたのはなぜだ?

情報網を作ったわけではない。ただのお友達の集まりだ。そしてその殆どが平社員だ。管理職より力を持つ平社員の集まりだ。中途採用は仕事が出来ても出世はしない。
昔から、そういう風土だ。

東京の聞いたような会社で仕事をしてきた者ばかりだ。
下手な経営陣より正確な情報が入った。
部長も知らない情報を共有していた。

平社員は名刺を持てない会社だ。
私はあちこちで名刺を用意されていた。

正式な責任者代行がちゃんといるのに、代行にされた。
正式な代行こそ、いい面の皮だ。

私は政治家が大嫌いだ。
国会議員の選挙資金額を知っていたのはなぜだ?

この辺りを仕切っていた怖いお兄さんが
私に優しかったのはなぜだ?

全国紙にルートがあったのはなぜだ?

お前に説明しても理解など出来ん。
お前は、そういう世界を知らなさ過ぎる。


お爺ちゃんは、いつも青筋立てているような人だった。
その理由を知っているか?

私は小学生時代、夏休みになると生家に預けられた。
農家は忙しい。問題児など預からない。
では、なぜ私は生家に預けられたのだ?

あんぽ柿をブランド化した人の名前は知っているはずだ。
その人と知事4人に仕えた出納長の関係も知っているだろう。
仙台の叔母さんの結婚式に出納長の名前があったのはなぜだ?

お爺ちゃんの兄弟の成績が良かったことは確かだ。
中でもお爺ちゃんはずば抜けていた。
2番目に良かったのはお爺ちゃんの妹だ。
お爺ちゃん達は妹の旦那さんを、弟が路面電車の運転手というくだらない理由で見下していた。
お兄さんの職業は話題にしなかった。
ステータスは非常に高い。お前なんぞ死んでもなれない職業だ。

これを知らないようじゃ話にならん。
知識としてなら知っているのかも知れないが、
見たことも触れたことも無い。
そこいらの体育会系バカと同列だ。


私の会社が群を抜いて酷かったわけではない。
他も似たようなものだ。
当時は東京より20年遅れていると言われていた。
20年の違いは大きい。
仙台が10年遅れだ。
仙台に行った時、本当に田舎町なんだなーと感心したくらいだ。
いわゆる地域格差だ。
本物は東京にしか無かった。
それは今でも変わらない。
私の会社の経営危機は、経営陣が地域格差を理解していなかったことが原因だ。


私が管理職になれなかった理由はお前の母も知っている。
そういう風土なのだから怒る理由も無い。


何でもワースト5のここを基準に考えることは無い。
この県の良い面と悪い面の区別くらいはつく。

お前にその区別がつくか?
口では言えても、実感できまい。

地元民にはムリだ。
中央を知らない者には不可能だ。



私と大差ない年齢の中途入社がいた。
前職は数億単位の商談。
リベートは数千万単位。
そう、あくまで単位だ。

お前が蹴飛ばしまくった業界だ。
そしてスーパーだ。
バリバリの現役だった。

なぜ、前職を捨てあんな会社に入ったのか。

お前の姉と大差無い年齢の娘のためだ。
娘はけっこうなADHDだった。
その人もADHDだと思っている。
娘は二次障害に片足位は突っ込んでいたようだった。

私達の周囲にはADHDの子供の親や、団体を立ち上げた者がいた。
ましてやADHDに関しては先進的な県だ。

なのにADHDという言葉に過剰反応する。
そんなものは知らないと言う。
口を閉ざす。
会話が終わる。

あれだけの仕事をしてきた人間がADHDと言う言葉に動揺する。
裏も表も知りぬいた人間がADHDという言葉に恐れをなす。
子育てで苦労したからだ。

私達の年代にとってのADHDとは、そういうものなのだ。


普通の人間の仮面をかぶったお前が理解することなど不可能だ。


「好きで生まれて来たんじゃない」はガキのセリフだ。

伝達能力の無い母から、何を言われたのか知らないが、好きにすれば良い。
直接連絡を入れろと言ったのに連絡しなかった。
母を経由して物事が伝わると思っているのか。

お前自身が誤解の生みの親だ。



何しに戻って来た。
なぜ、都会に行かなかった。
ここは最後に帰って来る故郷だ。
今のお前が居る場所では無い。


給料が下がると分かっている仕事が楽しいか。
今まで身に付けた事を全部捨てるのか。

自分から人生を捨てたも同然だな。

高校の友達も失う。
理系のつながりも失くす。


お前は父と母を見放した。
母はお前を味方だと信じているようだが。


お前が大学に行った後の事は何も知らん、知らされてもいない。
何も知らん奴の事を、遠く離れた奴の事を、何かした事になってるそうだな。


母から何を言われ、何を信じた。



交通事故の示談をした頃、保険代理店のポチになり下がった整形外科に行った。
レントゲン写真を見たお前は「だから何んでも無いよ」とバカな事を言っていた、
あの写真の撮影日は一体いつだ。

1発で顧問弁護士に振られ、最後の詰めに行ったのにふざけた事を抜かすな。
既に病院内部の証言も得ていたし、診療拒否も内部の人間が認めていた。
市役所にも記録が残っている。

本社の課長職5名以上が仙台の判断を「あり得ない」と断言していたのだ。

示談の時のお爺ちゃんの言動も知らないバカたれが。
既に脳など萎縮していたのに担当者相手にずいぶんと突っ込んだ質問をしてたのだ。
お爺ちゃんの質問は検察の取り調べみたいだった。
孫可愛さもあったかも知れないが、法を知る者なら普通の言動だ。
ぼろが出る前に話題を変えたが相手は相当ビビっていたぞ。
あれは、とんでもない犯罪なのだ。

全員、名前を晒されても文句1つ言えないのだ。

お前は代理人のサインに何日掛かった。


あの生意気な弁護士が私の要求を丸のみしたのは何故だ。
刑事事件が公になれば営業停止もありえたからだ。

ところが、あの場合、示談と刑事事件は別件だ。
個別に民事訴訟を起こせたし、刑事罰を与えることまで出来たのだ。

素人の私があれほどやったのに、本人は無関係か。

お爺ちゃんが10年若かったら、最初から告発したはずだ。
おじいちゃんは全国紙のデスクに直接繋がっていた。
私と重複する全国紙もあるが、2人併せて4つだ。

最初から裁判に持ち込んだはずだ。
あんな若造弁護士など鼻であしらったはずだ。


あれが全国大会に出場した奴の態度か。
軟弱者めが。

世の中、勝手に、自分に都合良く動くと思っているのか。
知らぬ間に、誰かが勝手にやってくれると思っているのか。


お前との親子関係は終わっている
お前が終わらせた。


勝手にど田舎に土着しろ。


自ら播いた種だ、



◎文理わけについて◎
迷ってます。
関係ないのかもしれないけど、仲の良い友人(というか話せる人)全て文系。(話せる人って本よむ人とかだし。。)
それに私自身の得意なものもわからない。



俺も同じだった。


1回でも、例えまぐれだとしても
「10番」
という数字をとってしまった。(国語で)



当たり前だ。本を読んでりゃ読解力がつく。
好きでも無い作家名と代表作を覚えれば十分だ。
「10番」を素直に受け入れられない気持ちは分かるが、、、。


いままで数学が得意だと思ってたからわけわからん。


俺は中学で5段階評価の4を貰った時に「直観力が無い」と表記され、数学の能力が無いと思った。
自信を失くした。
ちなみに前学期は100点取ってたから5。
4や5はどうでも良かった。

定期テストのたびに、多くの教科で5が3になる。2が4になる。
9教科合わせれば、順位は上位から真ん中以下まで乱高下。
成績表には2〜5までの数字が並ぶ。
お前も知っているはずだ。

「直観力が無い」は否定の言葉だ。
「授業態度」以外で否定されたのは初めてだった。
ショックだった。

大人になってから気付いた。
なぜこうなるのか理解したいタイプだったし、
公式の暗記などしたこともない。
試験問題が望む答え方など考えない。試験のたびに1から考えた。
授業を受けてりゃ公式なんて自然に覚える。
数学は3・4・5しか取った事が無い。
周りからすれば理科と並んで、俺の得意科目と思われていた。

お前も自分で問題の解き方を考える。
教科書や参考書に載っていない公式を考えつく。
俺とは力量が違うのだ。
数学は得意なのだ。
相手の気持ちを考えるから教え方も上手い。
高1の分際で、塾から中学生相手の講師を頼まれたのは,
不思議でもなんでもなかったのだ。


そういえば。物理の教科書みたら、ちょうど私のすきな分野ばかりだった。(中学のときのりかの)
ああいうのは好き。うふふふ。
→夜は少々おかしくなる。(べつに酒はのんでいない)
私は得意とか不得意抜きにしても理系は好き。ま、ようするに暗記モノがきらいなわけだけど。



これも俺と同じだ。
歴史の内容に興味があっても年号が覚えられない。
多くの生徒は授業だけで暗記するのは無理なのだ。
家に戻ってから覚えるのだ。
俺は家で勉強をしたことが無いし、暗記すること自体が嫌いだった。
それに、年号を暗記するだけじゃ内容の理解は出来ない。
試験では年号を求められる。
内容など求められない。
ま、暗記ものは全てダメだったってことだ。

中学の化学も同じだった。
化学式が覚えられない。
それでも何とか覚えた。
興味があったからだろう。

理科は好きだったが、得意分野と不得意分野を自覚していた。
普通の人からすれば、どうでも良い差を、凄い差だと思っていた。
不得意分野は暗記ものだ。

物理が好きだった。
公式の意味を理解するが、肝心の公式を暗記出来ない。
暗記することに集中出来ない。
それでも周囲は、理科は得意中の得意と評価していた。
要するに暗記ものはダメなのだ。


◎ただ私は文系の職業もかなり興味ある。


俺が中学生のころは、理系の職業しか考えたことが無かった。
適性検査などでは文系の職業が並んでた。
お勧めの職業はお前も知っている通りだ。
なれるわけがない。
興味とか使命感が無ければ、
適正とか知能指数なんて何の役にも立たない。
1番大切なものは興味だ。

高校では、それどころではなかった。
追試も受けずに卒業したこと自体が奇跡だ。


でも「勉強したい」のは、どちらかと
理系だと思うんだよ。うん。やっぱ理系かな?パソコン極めたいし。



それで正解なのだ。
最初の考えで当たっているのだ。

理系の仕事にありついたではないか。
1本釣りされたではないか。

お前をメンバーに抜擢したバンドの技量はセミプロ並みだ。
音楽関係に進んだ者もいた。
全部自分で段取りして語学留学やヨーロッパ旅行をした。
とんでもないパソコンを自作した。

お前は万能なのだ。
文系の才能もあるのだ。


◎今は10:.30。なんとなく、まだ手紙書いてる。高校に入り、なかなか良い友人を発見しました。好きな本とかのハナシもできるし、というより興味のある分野が似ている。


それは俺も望んでいたことだ。
そういう高校だということも知っていた。

上の妹は、このへんの小学校に転校した。
前の学校の成績は、体育は見学しか出来ないから2だ。
それ以外はオール5に近かった。
とにかく成績は良かったのだ。
ど田舎の小学校に転校したら、担任が全部1ランク下げた。

この辺りは、そういう風土だったのだ。

中学はテストの順位を掲示する。
同じ小学校から来た生徒達がそれを見て驚いた。
妹を見る目が180℃変わった。
あの身体でスポーツを始めた。
元々美人だったから凄い人気だった。(小学校時代は薬の副作用が凄かった)

お前と同じような高校に入り、多くの良い友達ができた。
いろんな所から生徒が集るから個性的な者が多い。
出身中など意味をなさない。
個人としての付き合いが出来る。

お前にもそれを望んでいた。
それまでの事を忘れ、好きな道に進んで欲しかった。
好きな事なら継続できる。
お前は万能なのだ。
どの道を選ぼうと生きて行ける。

上の妹はここに来ても高校時代の友達としか会わない。
殆どの友達は東京に住んでいる。
1部の者だけが残らざるを得なかった。
小中学校時代の人間とは会ったこともない。

嫌な思いをしたからだ。
気丈だから我慢していただけだ。
死と隣り合わせであることを自覚していた奴だから
我慢出来ただけだ。
お爺ちゃんとお婆ちゃんが亡くなれば、もうここには来ない。

兄と姉に感化された下の妹も来ることはない。
家族が下の妹の成績をオール3だと信じていたような奴だ。
本人は否定しているが疑問だ…。
人柄が良かったから、中学・高校では、それなりに人気があった。
それでも来る事はない。

この辺りの風土は、お前の時も同じままだった。

お前は知らない。
俺が小中学校の教師共と闘っていたことを。
日本にADHDの概念が入る10年以上も前から闘っていたのだ。
お前の特徴と才能に気付いていたからだ。
放っておいたら、とんでもない事になるのが分かっていたからだ。

俺は言葉の暴力で無理矢理矯正しようとした。
無駄だった。
そんな生易しいADHDでは無かった。

お前は目立ち過ぎた。
そして、とんでもない目にあわされた。
1ヶ月遅く生まれていれば次の学年だ。
凄い子だと称賛されたかも知れない。
可能性は乏しいが、、、。

このブログは、ここの教育界をボロクソに貶している。
どうしてか分かるか。
最低最悪の脳無し教師ばかりだったからだ。
お前を苦しめたからだ。
怒りだ。
恨みだ。

お前を守って来たのは俺だ。
そんなことも分からんのか。

他にも苦しめられていた子供達がいた。
学校と教師は何もしなかった。
それどころか、担任が学級崩壊させていた。

ここの教育界はバカしかおらん。
県の教育委員会など、今でも日本屈指のバカ共だ。



性格は全々似てないけどたどってきた道がとても似ている。


辿って来た道が同じなのか…。


◎高校に入って、本当に今年は良い年だな、と思うけど。
今年はおひつじ座のとしなので(ツキがおくとし)
その為、というのもあって、来年あたりプツン、と寂しくなるのでは?と心配してる。



「来年あたりプツン、と寂しくなるのでは?と心配してる。」は
気になった。
でも、自分を理解しているから大丈夫だと信じ込んでしまった。
とんでもないミスをしでかしたわけだ。


(弟は)頑張って上に行って勉強ばっかりやるのは嫌だって。だったらあんまり勉強しなくてもそこそこの成績でいられるとこがいいって。
そう言ってる。たぶんけっこう悩んでる。
「私の学校はムリ。」だって。
うーん。とにかくおやじも何か言ってください。弟へはげましの言葉をかけてやって、そして何か良いアドバイスを!!



これは退院してからでも間に合う。


◎最後にピッチの件、(パソコンも)ありがとう。今年は良い年です。こわいくらいです。
バイト決まったらピッチの通話りょうくらい払うから。じゃ、またそのうちあいましょう。
from ○○○
p,s, ヒマつぶしにでもなれたのならばこーえーです。



ここは問題無い。


馬鹿らしいと思いつつ半々くらいで心配している自分が悲しい。阿呆ですな!私は!!


ここを読み取れなかったのだ。
とんでもないバカヤローだ。
今でも引きずったままだ。


ところで。
母上が私をきちがい(×2)と言うのです。
言ってることがおかしいとか、なんとかかんとか、それって私がきちがいとかそういうんじゃなくて、考える視点の違いだと思うのだけど、違うのか?うー?わかわからん。



この部分については前の記事で書いた。


◎弟は33番だったらしい。本人は満足している様子だ。私からみると「あれだけやって33?」と言いたいけど言わない。それはとてもざんこくなことなので…。


その通りだ。
とても残酷だ。
お前は良く分かっている。
そして優しい。

学生時代、バイトを辞める時、
他のバイト達のために管理体制その他の問題を訴えた。
物言えぬ立場にいるバイトのために、
原因を作っている社員の名前も言った。
管理体制が変更され、困っていたバイトは救われた。

その時に言ったはずだ。
「代弁した気持ちは良く分かる」
「会社もお前を認めていたから体勢を変えただけだ」
「会社として当たり前のことをしただけだ」
「お前が気にする理由は全くない」


「でも、社会に出たら2度とするな」
「身を滅ぼす」

その優しさが社会で通用する事は滅多に無い。
まして、会社組織となれば我が身を滅ぼすだけだ。

お前は
「分かった」
「2度としない」
と言ったはずだ。

その優しさが今回の暴力につながったのだ。
だから「2度と来るんじゃねー!」と言われたのだ。

お前はイネイブラーにはなれない。
自分1人で責任を取り、自分1人でため込んでしまう。

お前は感謝される喜びを知ってしまった。
世間はお前が思うほどには感謝などしない。
感謝されたら、
「感謝してくれる人がいた」と喜ぶくらいで丁度良いのだ。

自分の考えを60%分かってもらえたら、事は上手く運ぶ。
70%分かってもらえたら、目標の90%以上が達成できる。
仕事の目標なんて絵に描いた餅だ。
いったい何%の人が達成できる。
俺の感覚でさえ60%で充分なのだ。
70%なら、実績で他を圧倒出来たのだ。

上役も文句等言えない。
こちらの考えが当たっていたし、実績も申し分ない。

仕事のやり方に正解などない。
必ず幾通りもの手段がある。
自分で気に入った方法を選べばいい。
俺でさえ70%で1位だったのだ。(田舎だから低レベルこの上なし)

お前の会社は違う。
お前は能力があるけれど60%でやれ。(こっちでなら30%だ)

お前の能力は偏っていない。
1つや2つ負けても気にするな。
そういう能力を持った集団にいるのだ。。
飛びぬけた奴も多いのだ。

だが、お前は多方面に渡る才能を有している。
それを忘れるな。

私は東京で大した仕事をしていたわけではない。
会社の方針1つで首を切られるような、
その他大勢の1人に過ぎない。
生きずらさも引きずったままだった。
ただ、先輩と友達には恵まれた。

ここが余りに低レベルだった。
東京で身に付けたことが、ここではトップレベルだった。
他の地方都市に行けば、普通のレベルだったと思う。


しかし母上は「あんまり良くなかったね。」と言い、弟はショックをうけた。自分的に満足した「33」という数字を回りは認めてくれず、そればかりか「良くない」と言われ、←(だぶってる??)本気で落ち込んでいる。
だから父上!そのへん、お気をつけて!
→ あー、あと。オトウト。商業に行きたいって。
高校でも野球やりたいから。



過疎地の中学校じゃあるまいに、学年33番で何が悪い。
それまでは息子自慢に明け暮れていたのだ。

確かに中学では野球部に入る事を勧めた。
当時の商業は野球が強く部員も50人を超えていた。
長男など玉拾いで終わるのが目に見えていた。
でも、長男と話をした記憶が無い。

秋口から予備校に通い、成績は格段にアップした。
工業に行きたいと言い始めた。
理由は変わらず、勉強したくないだった。

高校には大学進学のルートがある。
工業も公立大にルートを持っている。
俺は「いいよ」と言ったが周囲は大反対だった。

進学指導の教師はお前の学校に行かせたがっていた。
お前の母も工業に行くのを拒否した。
職業科を差別していた。


母の姉の娘、お前の従姉は職業科だ。
定員割れするような高校だ。
その時は従姉を褒めまくった。
普通なら誰も褒めない。
お愛想を言うくらいのものだ。
矛盾していると言いたいのではない。
そういう人間なのだ。
それはお前も分かっている。

学校はどうでも良い。
お前の母を納得させねばならない。
これが大変だった。
結果として県外の高校を受験することになった。
お前の母は、それがどんな高校なのか理解していなかった。
レベルが違いすぎる。
俺も焦ったが長男も焦った。
教師も焦った。
県外まで行って資料や過去問を探しまわった。
教師も過去問を見つけてきた。
確かに工業だが卒業できない者も多い。
相当勉強しなければついて行けない。
長男の意思に相反する。
長男は合格し友達もできた。
勉強もした。
長男は継続することで力をつけるタイプだ。
成績も悪くは無かった。
結果を残した。

お前の母だけが、合格するに決まっていると勝手に信じていた。
職業科をなめていた。
その一方で、姉と同じ高校に入って欲しかったと未練を持っていた。


冗談もいい加減にして欲しい。
始めから工業にしておけば、誰も苦労などしなかったのだ。


お前の母は、
周囲から「凄い学校に入ったね」と言われて舞い上がった。
何が凄いかなんて正しく理解していない。
進学校が偉いと信じ込んでいる。
難易度が高けりゃ偉いと思っている。
お前の従姉のときは何だったのだ。
お前も知っている通り、
何も考えていないってことだ。

会う人毎に自慢しまくっていた。
度を越していた。
恥ずかしかった。

ここの進学校のレベルなんて高くは無い。
県外で自慢したらバカにされる。

俺の高校も当時は立派な進学校だった。
親戚達に褒められたが嬉しくも何ともなかった。
県外に出りゃ3流どころか8流だ。
職業科にもレベルの高い奴がたくさんいた時代のことだ。

学校側も合格を喜んだ。
「良く頑張ったな」と喜んでくれた事は素直に受け取める。
受験結果で学校のポイントが上がったことも喜んだ。
これは面白くない。
長女のときは一体何と言った。
フザケルナ!だ。


お前の母は、お前が合格した時も自慢していた。
長男が大学に編入した時も自慢した。

編入の難しさなんて理解していない。
大学院に進んだ時も自慢ばかりしていた。
長男の高校はお前が知っている通り、大学に行く理由に乏しい。
メリットなど無いに等しい。
デメリットだらけだ。
就職すれば高収入が約束されている。
学歴に依る差別も無い。

人を見る目が無いから行かせたのだ。
交通事故の被害者になった時、簡単にだまされ、
私のしていたことも理解できなかったからだ。
人を見る目を養わせたかっただけだ。
あんな甘ちゃんではダメなのだ。
外の世界を見せたかったのだ。
金が無いから働くと言われた時は自分が情けなかった。

大学卒では求人が減ると言われた
確かに大卒じゃ価値が下がるし求人も減る。
院に進まねば同じ土俵に戻れない。
更に、今時の理系は半分以上が院に進む。

だが、長男は院になど進まなくても済んだのだ。
立派に就職できたのだ。

大学生の時に資格を取りたいと言ったら、
そんな金は無いと言ってはねつけたのはお前の母だ。
通常の大学生には受験資格もないのだぞ。
大学生が資格を取ることに大きな価値があったのだ。
長男は間違いなく資格を取れたのだ。
チャンスを取り上げたのは誰だ。
奨学金の山が増えただけではないか。
それを私のせいにしているのは、どういうことだ。
突然、長男に泣き付かれても困るのだ。
時間が無ければ借金など出来ない。
仕方がないから両親の所に行った。
資格など後から取れば良いと言われ断られた。
長男に「親しか頼る所が無いのか」と
恨みを込めた口調でバカにされたのだ。
役立たずとされたのだ。
時間があれば金など無利子で用立てた。
これも長男と連絡を取らなくなった理由の1つだと思う。
他の理由は知らん。
何かを誤解していることだけは確かだ。

誤解を生みだすのは誰だ。
分かり切った話だ。

普段から、金、金、金とうるさくし、肝心な時に金を出さない。
どうでも良い事に金を使う。

お前も身に染みているはずだ。
どうしようもない時は、
お爺ちゃんとお婆ちゃんに援助してもらったはずだ。
違うか。


お前が気付いているかどうかは知らない。
お前のADHDはお爺ちゃんと俺からだけ受け継いだものではない。
お前の母の父親からも受け継いでいる。
あっちのお爺ちゃんは間違った事など何もしていない。
お前の母の母親と子供達(長男を除く)が理解できなかっただけだ。
お爺ちゃんを追い詰めたのは、お前の母の母親だ。
そして長男以外の子供達だ。

周囲の多くは、当たり前のことをしていることを知っていた。

死因は癌だが、長男は始めから隠していた。
俺はお前の母を引き連れて病院に行き、病名を知った。
長男に「余計な事をしてくれた」と言われた。
子供ではないのだ。
実の子が病名を知って何故いけない。

病名を知ったところで何もしないからだ。
知らなくて良い人の前で話題にするのが関の山だ。
ましてお爺ちゃんを追い込んだ張本人達だ。
迷惑なだけだったのだ。

確かにお爺ちゃんは理解されるのが下手だったかも知れない。
それ以上に問題なのは、理解出来る者が長男だけだったということだ。
周囲はちゃんと理解していたのだから。

お前の弔辞をお前の母の姉が褒めちぎった。
「上手だったね」と言ってね。
周囲にいた者達は誰1人、弔辞の内容に関心を持たなかった。
情けなかったよ。
ま、そういう人達だ、ということだ。


10年ほど前からお前の母は、
お前の母の母と同じ事をするようになってしまった。
それまでは、
あのようにはなりたくないと考えて生きていたはずなんですけどね。

お前の母は否定するだろうが、昔は暗に認めていた。
自ら口にしたこともある。
お前は気付いていると思っていたが、違うのか。

本当の始まりは、お前の母の母なのだ。
ちっとも良い人じゃなかったのだ。

そして、お前は母の父にも似ていると思っている。
俺の系統だけを受け継いだのなら、そこまでの弱さは無いと思う。

然しお前には沢山の能力がある。
才能がある。

それは、自分で自分をコントロール出来るってことだ。
集団の中で生きて行けるってことだ。

子供のころ味わった諸々を自分で乗り越えて来たのだ。

今頃、詰まんない事をため込むな。

あれだけの事を乗り越えたのだぞ。

学生と社会人では置かれた環境が全く違う。

ヒントはたくさん与えた。

自分で考えるのだ。
お前はそれが出来るのだから。


過去記事に目を通せ。
隠された本音まで読み取れるはずだ。
何があったか分かる。
その理由も分かる

これで終わりだ。


私がお前に
「二度と来るんじゃねぇ」
と言ったのは初めてだ。


「いつでも帰っておいで」
「その代わり、お爺ちゃんとおばあちゃんの家にいるんだよ」
「家にはなるべく関わらないように」

としか言わなかった。


お前が家出すると言った時、ドライブに誘った。
なぜ誘いに乗った。
自分の気持ちや考えを、
分かってくれる人間だと思ったからではないのか。

2度と会えないかもしれない。
そう思いながら写真を撮った。


お前は寂しそうな顔をしていた。
俺に気を使いながら振る舞っていた。

そんなことの繰り返しばかりだった。
それでもお前は総て自分の力でやり遂げた。

大学でも、全て自分で段取り、
他人の出来ない事をたくさんやり遂げた。


俺はお前ほど万能な人間に出会ったことが無い。
アマチュアとしちゃ、全てがトップクラスだ。


1位でなければ何も感じないのか。
2位や3位では何も感じないのか。
自分は駄目だと自信を失くすのか。


俺も似たようなものだったから、説得力ゼロかもな。
でも、人は変われる。変えることが出来る。


知っていると思っていたが、6月17日(日)にブログを教えた。
読者もチンプンカンプンな最近の記事しか読まなかったようだな。

ブログで全てを曝け出す者などいない。
曝け出すのは壊れた奴だけだ。


お前は俺に嘘をつけない。
嘘だとばれるからだ。
逆も言える。
俺が嘘をつけば、お前は疑う。
お互いに分かってしまうのだ。


たくさんの記事を読んで欲しかった。
読めば私のしてきたことの意味が理解出来るからだ。
体調が許さなかったようだな。


なぜ、母親に見せた。
母親の性格を知りながら、見せるべきと判断したのか。
母が吐くセリフなど予測できたはずだ。
今まで何度、「関わるな」と言われた。
結果など目に見えているはずだ。
お前が傷つくだけだ。

俺が困る。

お爺ちゃんとお婆ちゃんも困る。
だから、もう関わるな。



お前が生きて行く方法は簡単だ。
個人プレーができる環境に居れば良い。
それが組織なら、関わる者達を自分の色に染めれば良い。
自分の能力で勝てば良い。

お前は心配りが出来る。
団体の中で過ごす力もある。
疲れるけどな。


会社は、お前個人の能力を買ったはずだ。
今時、協調性ごときで1本釣りするか。


俺に似ている事を1つ教える。
お前は最初に結論ありきだ。
簡単に答えが出るはずだ。
最初のひらめきで正解だ。
相手がドキっとするほどの正確さだ。
その後に余計な講釈を付けると重みが減る。
偏見と独断に満ち満ちた、なんて事は言わなくて良い。

お前は立ちまわり方を身に付けている。
同じ頑張るなら、こういうことに頑張れ。
疲れるけどな。

これは仕事の話だ。



同じ事をいつまでも引きずるんじゃない。
最初の答えで当たっているのだ。




書きたくもなかったが、昔の手紙を記事にする。
この手紙に間違ったことが書いてあるか。
手紙を書いてから何年経った。
お前の何が変わった。

最初の考えで当たっているんだ。




こんな記事を書くってことは、
ブログの末期が近いかも知れないってことだ。


ぴっぴに餌や水を与えることさえ苦痛だ。
ぴっぴの世話をする自信が薄れてきた。

そういう身体だ。



パラグライダーで墜落。
腰椎粉砕骨折で入院中に手渡された手紙。
5月下旬か6月です。





封筒表面

「病院でヒマをもてあまし
     困っている父へ」

長女らしい漫画が書いてある。
(聞いたふうな美大くらいは入れた)



封筒裏面

最初の方
文のリズムも何もかも
   めちゃくちゃです。
後半はまだましです。

長女が1番自信を持っていたのは文章を書くことだ。
こんな説明書きをする子ではない。
手渡す時も何かを抱え込んでいるような顔つきだった。
私は恐怖心にかられた。
手紙を読むのが怖かった。


やっと中学とおさらばしたのだ。
私と娘は三者面談で学年主任の指導を無視した。
教師の言う事を信じていたのは鬼嫁だけだ。

当時の教育委員会、校長、教頭、教師のレベルは最低だった。
小中学校共に最低だった。
教育委員会は相変わらず最低だ。

娘は高校に上位合格し、私と共に「ざまあみろ」と言った。


いろんな事に手を出して、明るい高校生活を送っていた。

娘が学校の様子を話すと、
鬼嫁は
「高校生がそんなことしてるの」
と嫌な顔をしていた。


今時、どんな高校に行っても同じだ。
私は何も言わなかった。

解き放たれた解放感と、
認めてくれる人間に恵まれているはずだ。
学校活動も活発だった。
絵も描けば、スタジオでドラムまで叩いていた。
アマチュアとしちゃトップクラスだが、
手を広げ過ぎていると案じてはいた。


子供自慢をしたいのではない。
ここの教育体制は最低最悪だったのだ。
名の通った元教師が学校に乗り込み、
教師を怒鳴りつけることも珍しくなかったのだ。



ずいぶん昔、中学の同級生が中央から県の教育委員長に赴任した。
バドミントンクラブに入りたくて私を誘った奴だ。
成績は万年学年2位。
だんとつトップは私のクラスにいた。
(彼は大学にも高専にも行けなかった)
この県の教育に問題は有りませんと抜かした。
そんな事を言う奴ではなかったはずだ。
気弱で優しい奴だった。
思いつめるタイプだった。
お前は何を考えているのだと腹が立った。
数年後に病気で亡くなった。
そして思った。
病気で亡くなることを覚悟していたのだろうか。
だから余計な事を言わなかったのか。
いや、違う。
役人というものは、そんなことしか言えないのだろう。
それが役人なのだろう。



便箋は5枚だった。



こんにちは親父。
腰の具合はいかがなものでしょうか。私は今、少しづつ疲れがでとる。最初に断っておくが、私はあなたゆずりで字がヘタなので読みにくいのを念頭においてがんばって読んで下さい。更に、文の上手い下手はあまり考えずに読んで頂けるとありがたい。(上手く書こうとは思ってない)

◎バイトは勝手にやるかもしれないので、よろしく。
ローソンで、今予約中(?)です。近場だし、迷惑はかけずにやるのであまり気にしないで下さい。
私は最近ヒマでヒマでどうしようもないのでバイトをしようと思ったのです。本当に毎日ヒマで、何だか悔しいので、、、、。と、まぁその辺はどうでもいいとして、とにかく勝手にやるのでよろしく。

◎ペンは疲れるし、ていねいに書くのも疲れたのでダブルつかれでもうてきとーに書く。(いみふめい)
バンドは金やっぱかかる。けど月500円。初回のみ800円。(というか4,000なんだけど5人いるから800円。あ、その後は1回2000円なのだそうだ。
2,000だから1人400円・・・って。あれ?1人250円って友人は言ってたような、、、???まあとにかく細かい事わかったら知らせる。
あ−、あとメンバーは〇〇高2人〇〇高2人(私いれて)〇〇高1人の計5人。皆さん初心者で一応私のみが経験者。少々皆のレベルが怖安。
私一番きっとレベル高い・・・・・ イライラしそう

◎文理わけについて◎
迷ってます。
関係ないのかもしれないけど、仲の良い友人(というか話せる人)全て文系。(話せる人って本よむ人とかだし。。)それに私自身の得意なものもわからない。
1回でも、例えまぐれだとしても
(学年)「10番」
という数字をとってしまった。(国語で)
いままで数学が得意だと思ってたからわけわからん。
そういえば。物理の教科書みたら、ちょうど私のすきな分野ばかりだった。(中学のときのりかの)
ああいうのは好き。うふふふ。
→ 夜は少々おかしくなる。(べつに酒はのんでいない)
私は得意とか不得意抜きにしても理系は好き。ま、ようするに暗記モノがきらいなわけだけど
ついでにチャレンジとか読んでいてわかったのが、「大学」に行ってからのこと。
理系は入ってからがキツいらしい。(本当だそうだ)
◎ただ私は文系の職業もかなり興味ある
でも「勉強したい」のは、どちらかと
理系だと思うんだよ。うん。やっぱ理系かな?パソコン極めたいし。
文理わけについての私の考えは以上です。

◎今は10:.30。なんとなく、まだ手紙書いてる。高校に入り、なかなか良い友人を発見しました。好きな本とかのハナシもできるし、というより興味のある分野が似ている。
性格は全々似てないけどたどってきた道がとても似ている。

◎高校に入って、本当に今年は良い年だな、と思うけど。
今年はおひつじ座のとしなので(ツキがおくとし)
その為、というのもあって、来年あたりプツン、と寂しくなるのでは?と心配してる

(弟は)頑張って上に行って勉強ばっかりやるのは嫌だって。だったらあんまり勉強しなくてもそこそこの成績でいられるとこがいいって。
そう言ってる。たぶんけっこう悩んでる。
「私の学校はムリ。」だって。(教師は受験させたがっていた)
うーん。とにかくおやじも何か言ってください。弟へはげましの言葉をかけてやって、そして何か良いアドバイスを!!

◎最後にピッチの件、(パソコンも)ありがとう。今年は良い年です。こわいくらいです。
バイト決まったらピッチの通話りょうくらい払うから。じゃ、またそのうちあいましょう。
from ○○○
p,s, ヒマつぶしにでもなれたのならばこーえーです。



ここまでが便箋4枚分。


長女には文才もあった。
弟が自分で作文や感想文を書いたのは1度だけだだろう。
いつも長女が代筆していた。

何という駄文だ。
漢字まで間違えている。
この、不安の入り混じった、やる気の無い文章はいったい何なのだ。
長女の文章とは思えない。

大ケガで入院中の私はそれ以上深く考えなかった。
今までの事を考えれば、
幸せすぎるのが恐いのだろうと捉えてしまった。


そして大きなミスをしでかしてしまった。 



便箋5枚目。



馬鹿らしいと思いつつ半々くらいで心配している自分が悲しい。阿呆ですな!私は!!
ところで。
母上が私をきちがい(× 2)と言うのです。



その後もさんざん言った。


言ってることがおかしいとか、なんとかかんとか、それって私がきちがいとかそういうんじゃなくて、考える視点の違いだと思うのだけど、違うのか?うー?わかわからん。


この部分を便箋4枚目までの文章と切り離して読んでしまった。
それまでの境遇から抜け出したことに心を奪われていた。

長女の書いた事は何も間違っていない。
ちゃんと分かっているじゃないかと安心した。


これは長女が発したサインだった。

2ヶ月後に退院した頃には様子が変だった。
二次障害に片足突っ込んでいた。
学校で何かがあったことくらいは察しがついた。
私なんぞ気分次第で自主休校したものだが、ちゃんと通学していた。
その程度で潰れてしまうとは考えられなかった。
鬼嫁がバカなことを言ったのだろうとしか考えられなかった。
「きちがい」と言い続けたとしか考えられなかった。

2年生になった頃は完全な二次障害だった。
戸塚ヨットスクールにぶち込むしかないのかなと真面目に考えた。
それは、死んでも諦めるという意味だ。



深夜の街中で泣きじゃくる鬼嫁に、
「死んだと思え」
「元々いなかった子だと思え」

と言ってなだめた。

悲しい言葉だ。



ADHDの概念が日本に入りかけていた頃だ。
私はADHDという言葉を知らなかった。
ADHD当事者が犯罪を犯すことは考えにくい。
被害者になる恐れは多大だ。
ADHDを知らなかった私でも、
長女の行動を見て同じように考えていた。
私も同じような経験をしたし、
長女の思考法が私に似ていることを知っていた。

被害者になる事を恐れた。

被害者=死



居場所を見つけ出し、乗り込んだことがある。
どんな悪ガキ共が居るか分かったものじゃない。
鉄パイプ持参だ。

たむろしている家に着いたら、母親らしき小柄な女性が出てきた。
鉄パイプ持参の私に対して一歩も引かない。

女性の後ろを亭主がコソコソと逃げて行く。
あの情けない亭主の姿を忘れられない。

女性が毅然として言った。
「あの子たちは優しい子なんです」

そこへ悪ガキの1人がやってきた。
息子らしかった。
身体がでかくて強そうだ。
鉄パイプ持ってるけど勝てるわけが無い。

母親に向かって、優しい声で
「どうしたの?」

拍子抜けした。
俗に言う悪ガキとは明らかに違う。

母親は相変わらず毅然とした口調で
「あんたは、あっちに行ってなさい」

息子は大人しく行ってしまった。
自分の居場所を失っただけの子供に思えた。
ここにたむろしているのは、
学校や大人達から拒否された子供達なのだろうと思った。



私は確信した。
この人なら世間から子供達を守れる。
この家にたむろしている限り安全だ。
安心して預けて置ける。
預かって欲しい。



何も言わずに帰ろうとしたら、先ほどの息子が走って来た。
「○○○ちゃんが逃げた」

みんなで手分けして探した。
1度は見つけたが逃げられた。

しばらく探したが諦めて家に戻った。
深追いすれば、長女が追い詰められてしまうだけだ。



私の県はADHD研究の先端を行っていた。
学校関係者(長女も感謝している)の計らいでADHDと診断されたが二次障害の極致だ。

主治医に恵まれ徐々に回復した。
生半可な年月ではない。

その医師は私にもADHDのお墨付きをしてくれた。
確定診断されることなど始めから分かっていた。
幼稚園の頃から長女の行動が、
普通じゃない事に気付いていたのは私だけだ。

私に似ていたのだ。
私より極端だったのだ。
私より利発だった。


私も生きずらさを味わった。
長女は私より生きずらさを味わうことになるだろう。
長じるにつれ、表現する能力に長けていることも分かった。

一般社会の掟を叩き込まねばならない。
団体の中で生きる方法を叩き込まねばならない。
言葉の暴力しか手段が無かった。
それが虐待であることは分かっていた。

長女は目立ち過ぎた。
最低最悪の教師共が跋扈した時期と重なった。
長女は表現力も運動能力も優れていた。
成績も良かった。

バカ教師共は能力を伸ばす術さえ知らず、長女を追い詰めた。
私より知識が無いバカ共なのだ。
そんな教師共に何が教えられるのだ。

長女は良く耐えた。
長女は少々のことでは潰れはしない。
高校でのことは鬼嫁が原因としか思えない。
高校を出た後も、何度「きちがい」と言ったことか。

あっちで自慢すりゃ、こっちで貶す。
長女は小学生の時からそれを知っている。
自分が言われたことも知っている。
長女は筋の通らないことでキレられたこともある。




◎弟は33番だったらしい。(秋口から塾に通い上位、本人が蹴飛ばしたけど長女の高校を受験するよう指導された)本人は満足している様子だ。私からみると「あれだけやって33?」と言いたいけど言わない。それはとてもざんこくなことなので…。
しかし母上は「あんまり良くなかったね。」と言い、弟はショックをうけた。自分的に満足した「33」という数字を回りは認めてくれず、そればかりか「良くない」と言われ、←(だぶってる??)本気で落ち込んでいる。
だから父上!そのへん、お気をつけて!
→ あー、あと。オトウト。商業に行きたいって。
高校でも野球やりたいから。



便箋5枚だった。



こんにちは親父。
腰の具合はいかがなものでしょうか。私は今、少しづつ疲れがでとる。最初に断っておくが、私はあなたゆずりで字がヘタなので読みにくいのを念頭においてがんばって読んで下さい。更に、文の上手い下手はあまり考えずに読んで頂けるとありがたい。(上手く書こうとは思ってない)

◎バイトは勝手にやるかもしれないので、よろしく。
ローソンで、今予約中(?)です。近場だし、迷惑はかけずにやるのであまり気にしないで下さい。
私は最近ヒマでヒマでどうしようもないのでバイトをしようと思ったのです。本当に毎日ヒマで、何だか悔しいので、、、、。と、まぁその辺はどうでもいいとして、とにかく勝手にやるのでよろしく。

◎ペンは疲れるし、ていねいに書くのも疲れたのでダブルつかれでもうてきとーに書く。(いみふめい)
バンドは金やっぱかかる。けど月500円。初回のみ800円。(というか4,000なんだけど5人いるから800円。あ、その後は1回2000円なのだそうだ。
2,000だから1人400円・・・って。あれ?1人250円って友人は言ってたような、、、???まあとにかく細かい事わかったら知らせる。
あ−、あとメンバーは〇〇高2人〇〇高2人(私いれて)〇〇高1人の計5人。皆さん初心者で一応私のみが経験者。少々皆のレベルが怖安。
私一番きっとレベル高い・・・・・ イライラしそう

◎文理わけについて◎
迷ってます。
関係ないのかもしれないけど、仲の良い友人(というか話せる人)全て文系。(話せる人って本よむ人とかだし。。)それに私自身の得意なものもわからない。
1回でも、例えまぐれだとしても
「10番」
という数字をとってしまった。(国語で)
いままで数学が得意だと思ってたからわけわからん。
そういえば。物理の教科書みたら、ちょうど私のすきな分野ばかりだった。(中学のときのりかの)
ああいうのは好き。うふふふ。
→夜は少々おかしくなる。(べつに酒はのんでいない)
私は得意とか不得意抜きにしても理系は好き。ま、ようするに暗記モノがきらいなわけだけど。
ついでにチャレンジとか読んでいてわかったのが、「大学」に行ってからのこと。
理系は入ってからがキツいらしい。(本当だそうだ)
◎ただ私は文系の職業もかなり興味ある。
でも「勉強したい」のは、どちらかと
理系だと思うんだよ。うん。やっぱ理系かな?パソコン極めたいし。
文理わけについての私の考えは以上です。

◎今は10:.30。なんとなく、まだ手紙書いてる。高校に入り、なかなか良い友人を発見しました。好きな本とかのハナシもできるし、というより興味のある分野が似ている。
性格は全々似てないけどたどってきた道がとても似ている。

◎高校に入って、本当に今年は良い年だな、と思うけど。
今年はおひつじ座のとしなので(ツキがおくとし)
その為、というのもあって、来年あたりプツン、と寂しくなるのでは?と心配してる。

(弟は)頑張って上に行って勉強ばっかりやるのは嫌だって。だったらあんまり勉強しなくてもそこそこの成績でいられるとこがいいって。
そう言ってる。たぶんけっこう悩んでる。
「私の学校はムリ。」だって。(教師は受験させたがっていた)
うーん。とにかくおやじも何か言ってください。弟へはげましの言葉をかけてやって、そして何か良いアドバイスを!!

◎最後にピッチの件、(パソコンも)ありがとう。今年は良い年です。こわいくらいです。
バイト決まったらピッチの通話りょうくらい払うから。じゃ、またそのうちあいましょう。
from ○○○
p,s, ヒマつぶしにでもなれたのならばこーえーです。



ここまでが便箋4枚分。

長女には文才もあった。
弟が自分で作文や感想文を書いたのは1度だけだだろう。
いつも長女が代筆していた。

何という駄文だ。
漢字まで間違えている。
この、不安の混じった、やる気の無い文章はいったい何なのだ。
長女の文章とは思えない。

大ケガで入院中の私はそれ以上深く考えなかった。
今までの事を考えれば、
幸せすぎるのが恐いのだろうと捉えてしまった。


そして大きなミスをしでかしてしまった。




便箋5枚目。


馬鹿らしいと思いつつ半々くらいで心配している自分が悲しい。阿呆ですな!私は!!
ところで。
母上が私をきちがい(2乗)と言うのです。


その後もさんざん言った。


言ってることがおかしいとか、なんとかかんとか、それって私がきちがいとかそういうんじゃなくて、考える視点の違いだと思うのだけど、違うのか?うー?わかわからん。


この部分を便箋4枚目までの文章と切り離して読んでしまった。
それまでの境遇から抜け出したことに心を奪われていた。

長女の書いた事は何も間違っていない。
ちゃんと分かっているじゃないかと安心した。


これは長女が発したサインだった。
2ヶ月後に退院した頃には様子が変だった。
二次障害に片足突っ込んでいた。
学校で何かあったことくらいは察しがついた。
私なんぞ気分次第で自主休校したものだが、ちゃんと通学していた。
その程度で潰れてしまうとは考えられなかった。
鬼嫁がバカなことを行ったのだろうとしか考えられなかった。
「きちがい」と言い続けたとしか考えられなかった。

2年生になった頃は完全な二次障害だった。
戸塚ヨットスクールにぶち込むしかないのかなと真面目に考えた。
それは、死んでも諦めるという意味だ。

深夜の街中で泣きじゃくる鬼嫁に、
「死んだと思え」
「元々いなかった子だと思え」
と言ってなだめた。
悲しい言葉だ。


ADHDの概念が日本に入りかけていた頃だ。
私はADHDという言葉を知らなかった。

ADHD当事者が犯罪を犯すことは考えにくい。
被害者になる恐れは多大だ。

ADHDを知らなかった私だが、
長女の行動を見て同じように考えていた。
私も同じような経験をしたし、
長女の思考法が私に似ていることを知っていた。
被害者になる事を恐れた。
被害者=死。


居場所を見つけ出し、乗り込んだことがある。
どんな悪ガキ共が居るか分かったものじゃない。
鉄パイプ持参だ。

たむろしている家に着いたら、母親らしき小柄な女性が出てきた。
鉄パイプ持参の私に対して一歩も引かない。

女性の後ろを亭主がコソコソと逃げて行く。
あの情けない亭主の姿を忘れられない。

女性が毅然として言った。
「あの子たちは優しい子なんです」

そこへ悪ガキの1人がやってきた。
息子らしかった。
身体がでかくて強そうだ。
鉄パイプ持ってるけど勝てるわけが無いと思った。

母親に向かい、優しい声で
「どうしたの?」

拍子抜けした。
俗に言う悪ガキとは明らかに違う。

母親は相変わらず毅然とした口調で
「あんたは、あっちに行ってなさい」

息子は大人しく行ってしまった。

自分の居場所を失っただけの子供に思えた。
ここにたむろしているのは、
学校や大人達から拒否された子供達なのだろうと思った。


私の思いは確信に変わっていった。
この人なら世間から子供達を守れる。
この家にたむろしている限り安全だ。
安心して預けて置ける。
預かって欲しい。


何も言わずに帰ろうとしたら、先ほどの息子が走って来た。
「○○○ちゃんが逃げた」

みんなで手分けして探した。
1度は見つけたが逃げられた。
しばらく探したが諦めて家に戻った。
深追いすれば、長女が追い詰められてしまうだけだ。



私の県はADHD研究の先端を行っていた。
学校関係者(長女も感謝している)の計らいでADHDと診断されたが二次障害の極致だ。

主治医に恵まれ徐々に回復した。
生半可な年月ではない。

その医師は私にもADHDのお墨付きをしてくれた。
確定診断されることなど始めから分かっていた。
幼稚園の頃から長女の行動が、
一般的じゃない事に気付いていたのは私だけだ。
私に似ていたのだ。
私より極端だったのだ。
私より利発だった。

私も生きずらさを味わった。
長女は私より生きずらさを味わうことになるだろう。

長じるにつれ、表現する能力に長けていることも分かった。

一般社会の掟を叩き込まねばならない。
団体の中で生きる方法を叩き込まねばならない。
言葉の暴力しか手段が無かった。
それが虐待であることは分かっていた。

それでも長女は目立ち過ぎた。
最低最悪の教師共が跋扈した時期と重なった。
長女は表現力も運動能力も優れていた。
バカ教師共は能力を伸ばす術さえ知らず、長女を追い詰めた。
私より知識が無いバカ共なのだ。
そんな教師共に何が教えられるのだ。

長女は良く耐えた。
長女は少々のことでは潰れはしない。


高校でのことは鬼嫁が原因としか思えない。

高校を出た後も、何度「きちがい」と言ったことか。
あっちで自慢すりゃ、こっちで貶す。
長女は小学生の時からそれを知っている。
自分が言われたことも知っている。
筋の通らないことでキレられたこともある。




◎弟は33番だったらしい。(秋口から塾に通い上位、本人が蹴飛ばしたけど長女の高校を受験するよう指導されてました)本人は満足している様子だ。私からみると「あれだけやって33?」と言いたいけど言わない。それはとてもざんこくなことなので…。
しかし母上は「あんまり良くなかったね。」と言い、弟はショックをうけた。自分的に満足した「33」という数字を回りは認めてくれず、そればかりか「良くない」と言われ、←(だぶってる??)本気で落ち込んでいる。
だから父上!そのへん、お気をつけて!
→ あー、あと。オトウト。商業に行きたいって。
高校でも野球やりたいから。



パラグライダーで墜落。
腰椎粉砕骨折で入院中に手渡された手紙。




封筒表面

「病院でヒマをもてあまし
     困っている父へ」

長女らしい漫画が書いてある。
(聞いたふうな美大くらいは入れた)



封筒裏面

最初の方
文のリズムも何もかも
   めちゃくちゃです。
後半はまだましです。

長女が1番自信を持っていたのは文章を書くことだ。
こんな説明書きをする子ではない。
手渡す時も何かを抱え込んでいるような顔つきだった。
私は恐怖心にかられた。
手紙を読むのが怖かった。


やっと中学とおさらばしたのだ。
私と娘は三者面談で学年主任の指導を無視した。
教師の言う事を信じていたのは鬼嫁だけだ。

当時の教育委員会、校長、教頭、教師のレベルは最低だった。
小中学校共に最低だった。
教育委員会は相変わらず最低だ。

娘は高校に上位合格し、私と共に「ざまあみろ」と言った。


いろんな事に手を出して、明るい高校生活を送っていた。
娘が学校の様子を話すと、
鬼嫁は
「高校生がそんなことしてるの」
と嫌な顔をしていた。
今時、どんな高校に行っても同じだ。
私は何も言わなかった。

解き放たれた解放感と、
認めてくれる人間に恵まれているはずだ。
学校活動も活発だった。
絵も描けば、スタジオでドラムまで叩いていた。
アマチュアとしちゃトップクラスだが、
手を広げ過ぎていると案じてはいた。


子供自慢をしたいのではない。

ここの教育体制は最低最悪だったのだ。
名の通った元教師が学校に乗り込み、
教師を怒鳴りつけることも珍しくなかったのだ。


ずいぶん昔、中学の同級生が中央から県の教育委員長に赴任した。
バドミントンクラブに入りたくて私を誘った奴だ。
成績は万年学年2位。
だんとつトップは私のクラスにいた。
(彼は大学にも高専にも行けなかった)
この県の教育に問題は有りませんと抜かした。
そんな事を言う奴ではなかったはずだ。
気弱で優しい奴だった。
思いつめるタイプだった。
お前は何を考えているのだと腹が立った。
数年後に病気で亡くなった。
そして思った。
病気で亡くなることを覚悟していたのだろうか。
だから余計な事を言わなかったのか。
いや、違う。
役人というものは、
そんなことしか言えないのだろう。
それが役人なのだろう。




私がお前に
「二度と来るんじゃねぇ」
と言ったのは初めてだ。


「いつでも帰っておいで。
その代わり、お爺ちゃんとおばあちゃんの家にいるんだよ。
家にはなるべく関わらないように。」
としか言わなかった。



家出すると言った時、お前をドライブに誘った。
なぜ誘いに乗った。
自分の気持ちや考えを、
分かってくれる人間だと思ったからではないのか。

2度と会えないかもしれない。
そう思いながら写真を撮った。
お前は寂しそうな顔をしていた。
俺に気を使って振る舞った。

そんなことの繰り返しばかりだった。

それでもお前は総てやり遂げた。



大学でも全て自分で段取って、人の出来ない事をやり遂げた。


俺はお前ほど万能な人間に出会ったことが無い。
アマチュアとしちゃ、全てがトップクラスだ。

1位でなければ何も感じないのか。
2位や3位では何も感じないのか。
自分は駄目だと自信を失くすのか。
俺も似たようなものだったから、説得力ゼロかもな。
でも、人は変われる。変えることが出来る。



知っていると思っていたけど、6月17日(日)にブログを教えた。
読者もチンプンカンプンな最近の記事しか読まなかったようだな。

ブログで全てを曝け出す者などいない。
曝け出すのは壊れた奴だけだ。


お前は俺に嘘をつけない。
嘘だとばれるからだ。
逆も言える。
俺が嘘をつけば、お前は疑う。
お互いに分かってしまうのだ。


たくさんの記事を読んで欲しかった。
読めば私のしてきたことが理解出来るからだ。
体調が許さなかったようだな。



なぜ、母親に見せた。
母親の性格を知りながら、見せるべきと判断したのか。

母が吐くセリフなど予測できたはずだ。

今まで何度、
「関わるな」
と言われた。

結果など目に見えているはずだ。
お前が傷つくだけだ。

俺は困る。

お爺ちゃんとお婆ちゃんも困る。
だから、もう関わるな。



お前が生きて行く方法は簡単だ。
個人プレーができる環境に居れば良い。
それが組織なら関わる者達を自分の色に染めれば良い。
自分の能力で勝てば良い。
お前は心配りが出来る。
団体の中で過ごす力もある。
疲れるけどな。


会社は、お前個人の能力を買ったはずだ。
今時、協調性ごときで1本釣りするか。


俺に似ている事を1つ教える。
お前は最初に結論ありきだ。
簡単に答えが出るはずだ。
最初のひらめきで正解だ。
相手がドキっとするほどの正確さだ。
その後に余計な講釈を付けると重みが減る。
偏見と独断に満ち満ちた、なんて事は言わなくて良い。
お前は立ちまわり方を身に付けている。
同じ頑張るなら、こういうことに頑張れ。
疲れるけどな。
あくまで仕事の話だ。


同じ事をいつまでも引きずるんじゃない。
最初の答えで当たっているのだ。



書きたくもなかったが、昔の手紙を記事にする。
何か間違ったことが書いてあるか。
手紙を書いてから何年経った。
お前の何が変わった。
最初の考えで当たっているんだ。



こんな記事を書くってことは、
ブログの末期が近いかも知れないってことだ。

ぴっぴに餌や水を与えることさえ苦痛だ。

世話をする自信が薄れてきた。

そういう身体だ。

長女にも言いたい。

いつまでADHDに振り回されているのだ。
社会に出たら自活するスキルを身に付けなければならない。
仲間を見つけてオフ会でもやれば良い。
サロンに顔を出せば良い。
ポジティブな仲間が沢山いる。
医師やカウンセラーに自分を認めて貰いながら
生きて行きたいのか。
自分で生きろ。
ADHDと戦うことなど無駄だからやめろ。
同じ頑張るなら、生きる手段を考えろ。
定型者の中で生きていくスキルを身に付けろ。
私生活は好きに過ごせば良い。
仲間はたくさんいる。
多くの人を求めるな。
人に多くを求めるな。
集団を求め過ぎるな。
定型者と人種が違う事をわきまえろ。
理系でありながらADHDが苦手とするサービス業もこなせる。
人がうらやむ豊富な才能がある。
成績も悪く無い。
人間性も上出来だ。
いつも自分で決め、段取りし、やり遂げたではないか。
人のやれない事をやり遂げたではないか。
自分に自信を持て。
どうして、そんな弱虫になった。
自分が乗り切って来た事にプライドを持て。
客観的に行動しろ。
お前は何をやってもトップクラスだ。
ADHDなど死んでも治らん。
ADHDと対峙するのはやめろ。
ADHDに振り回されるのはやめろ。
カウンセラーにも同じことを言われたのに、いつまで続けるつもりだ。
自分の能力を発揮する方法は知っているはずだ。
自分の考えを信じろ。
定型者の10倍以上考える。
最初に考えついたことでお釣りがくる。
少しは気付け。
徳のある人という人間がいる。
それは定型者の中のほんの一握りだ。
お前がやろうとすること、望むこと、求めること、
総てがそのレベルだ。
感覚的に言うなら60%の力が定型者の90%以上の力に匹敵する。
定型者は通常50〜60%の力しか出さない。
お前からみれば定型者は何も考えていないに等しい。
場合によっちゃ何もしないのが定型者だ。
我々にはいい加減な人種としか思えない。
心穏やか平和なものだ。
お前はその感覚を知らない。
可哀そうだが定型者の感覚を知らない。
ADHDに戦いを挑んで成長しようとするな。
視点を変えろ。
ADHDを受容しろ。
どうせ逃れられないのだ。
大勢の仲間と出会え。
定型者同様いろんな奴がいる。
嫌な奴だっている。
サロン(自助会)なら情けない奴は殆どいない。
お前のような才能あふれる奴もいる。
お前はアマチュアなら何でもトップクラスだ。
ところが自助会にはプロがいる。
いろんな事を教えてもらえ。
同じ人種だから気を使う事も少ない。
疲れないのだ。
そして自分を再確認しろ。
全部自分でやろうとするのは仕方がない。
ただ、大勢のADHDがいることを知るのはお前の成長になる。
大人のADHDはたくさん存在する。
ちっとも珍しくなんかないのだ。
自分だけじゃなかった事を知りホッとする。
子供のADHDの子育てではないのだ。
社会生活を営むためのスキルが重要なのだ。
孤軍奮闘するな。
必要性の無いことで悩むな。
自分で自分の存在を認めてやれ。
お前は自分のウソが俺に通用しないことを知っている。
俺が言うことの正当性を感じてる。
なぜ、関わるなと言った事に関わる。
優しさは分かるが結果は出ないのだ。
お前が傷つくだけだ。
もう、やめろ。
人の反応など無視しろ。
自分を責めるな。
お前はそれで丁度良い。
俺以上にやり過ぎだ。
自覚しているはずだ。
俺は定型者の感覚を知っているがお前は知らない。
自助会を弱者の集団と勘違いしている。
それ以外の認識は似たようなものだ。
才能は比べたくもない。
1つのことを除けば、お前は何も間違っちゃいない。
余計なことには手を出すな。
無駄なことには手を出すな。
その人間性は誉めるべきことだが自分が傷つくだけだ。

総て自覚しているはずだ。
その自覚と考え方は正しい。
何日間も悩むようなことではない。

自分に忠実に生きれば楽になれる。
その為には仲間が必要だ。
社会生活を送っているADHDの仲間が必要だ。
都会には、その為のサロン(自助会)がある。
NPOがある。


なぜ、ビックリするような人達と交流できたか分からないのか?
なぜ相手のほうから声を掛けたか分からないのか?
先方は、お前が会話するにふさわしい知識と才能、
人間的魅力を有している事に気付いたからだ。

いつまでADHDと対峙するつもりだ。
人生を捨てる気か。
自分で生きて行け。
確かに会社の福利厚生はトップクラスだ。
だが、会社に守って貰うのは、いざという時だけだ。
お前なら出来る。


何でも自分で乗り切ったではないか。
他の人には出来ない事をしてきたではないか。
友人にも恵まれたではないか。
そんな人間はめったにいない。

今さら潰れることは許さん。

それから、お前に対する母親の対処法は大間違いだ。
知識も無ければ、本当の意味での理解もしていない。
共感など存在しない。

5年ほど前にお前の母がADHDの講演会で年配の女性に声をかけられ話をした。私はADHD、パソコンを覚えたいです、と言われ私がパソコンに詳しいから後で電話するように言った。電話が来たので会話した。ちょっとおかしいと感じた。お仲間ならADHDかどうかすぐ分かるのに判断できなかった。2次障害だとすれば軽くはない。パソコンを教えることにしたが、お前の母には「お前には相手出来ない、関わるな」と言った。パソ選びとネット契約から始めた。ずいぶん通ったが打鍵の練習さえしない。パソコンは教えなかった。
やったのは世間話に名を借りたカウンセリングもどきだ。医療関係者ではないからカウンセリングはしない。確かにADHDだった。でも2次障害ではなかった。症状の原因は全く別の所にあった。本人も原因に気付いたようだった。
私がパソのレッスンを止めて1年後、気になったので電話したが繋がらなかった。しばらくして偶然出会った。ある(公的)団体のようなものに所属していた。明るい表情で声を掛けられたが誰だか分からなかった。昔の面影はみじんも無かった。人生をリセットしていた。自分の居場所も見つけていた。電話番号も変えていた。団体の責任者と会話したら、「まだ、あやゆい」と説明された。

これは1例だ。
お前の母親には知識が無い。
感情だけで動いてきた。
それは間違った事ばかりだ。
してはいけない事ばかりだ。
いい加減に母親から離れろ。
それがお前の為だ。



本当のお題は「ADHDと対峙するな」なんですけどね。

こんな記事書くようじゃ終わりも近いかな。(失笑)


役所は障害者に対する虐待と認識している。
状況改善のために説得を試みたが無駄に終わった。
家庭裁判所の調停委員でなければ無理だと言われた。


ここ3年間だけでも、いろんな方が私にアドバイスしてくれた。
それ以前も関わってくれた人がいる。
総て無駄に終わった。

言ったことは守らない。
平気で嘘をつく。
それを自覚していない。
妄想なのか頭が悪いのかはどうでもいい。
母親も諦めている。
関わらないようにしている。

私から暴力を振るったのは今年の1回だけ。
柔らかい携帯用ポットの側面で頭部を叩いた。
そんなことで怪我などしない。
物を壊していたのも私ではない。

私のことは妹達にも親戚にも伝わっていない。
高齢の母親に説明能力は無い。

妹達は遺言状を書いた経過を正確に知らない。
母親がちゃんと説明していない。
母親は昔から困難から逃げる。
関わりあうことを避ける。
今では私との約束も自分に都合良い理由を付けて逃げる。
ただ、私の身体を理解してくれてはいる。

鬼嫁は人の悪口しか言わない。
お世話になった人や、友達の人間性を貶す。
両親に対する悪口、とりわけ母親への悪口は凄かった。
妹達の悪口も凄かった。
両親宅に妹達が来た時は顔も出さなかった。
普段も両親と疎遠にしていた。
最近は両親宅に顔を出す。

妹達が両親宅に通って頑張っていたからだ。
下の妹など体力の限界だった。
それを見たから、気の向いた時だけ顔を出して良い人ぶっている。
毎週土曜日に顔を出すと母親に言ったが守っていない。

子供達が私を怒っている理由を知らない。
何年も子供達と連絡を取っていなかった。
何をしていたのかさえ知らない。
子供達に何も出来るはずがない。

鬼嫁は毎日のように電話していた。
子供達に連絡するよう伝えたが連絡は来なかった。
鬼嫁を通したのでは何も伝わらない。
伝えようともしない。
問題を起こした子供の多くは、片親としか接触してない。
ろくなことがないのだ。
いつの間にか私が子供達に散々ヒドいことをしていたことになっていた。

長男は震災後、初対面で暴力を振るった。
母親が必死に止めなければ左肩を脱臼していた。

長女も暴力を振るった。
包丁まで持ち出して大騒ぎ。
母親は包丁を取り上げようとして入院するはめになった。
私は翌日レントゲンを撮った。
幸い右足と肋骨の骨折はまぬがれた。
原因は鬼嫁の身勝手さと長女への説明不足。



妹達に言いたい。
鬼嫁の言うことを信じないで欲しい。
そして高齢の母親に説明能力が無いことを分かって欲しい。

私には上の妹の身体の状態を想像できない。
想像出来る範囲を超えている。
私の知る事とは次元が違い過ぎる。
でも生きることに挑戦してきたことは知っている。

私は多くの病人、ケガ人、障害者と関わった。
だから生きることの意味を理解しているつもりだ。
少しは妹の生き方を理解しているつもりだ。
私は妹を尊敬している。

世間には頭の良い、しっかり者で通っている。
そして美人。
死と隣り合わせと知る者は少ない。

その妹が事実を知らないとはね。


なぜ私は身体障害者として認識されない?
やる気が無いと言われねばならない?
根も葉もない誤解をされねばならない?
虐待されねばならない?

ADHDは関係ない。

入院すれば「ADHD 良」と表示される。
特別な配慮を要しないことを意味する。
一般社会で生き延びるスキルも身に付けた。

アスペルガーは軽度。
治療さえ必要としない。
医師も話題にしない。



妹達よ。
両親が亡くなれば来ることも無い、縁の無い土地だ。
両親のために事実を知れ。
両親が亡くなった後のために布石を打っておけ。

総ての原因は鬼嫁だ。
態度に騙されるな。
信用するな。


離婚すると騒いでいた。
手のひらを返したように、戻って来ると言い出した。
私は逃げ場を失う。

私の不動産と、相続権も無い両親の財産が欲しいのだろう。
以前、両親から金銭の援助を受けたが、あれは借りた金だ。
あくまで援助と言い張り、返す意思など無いと言う。
母は既に諦めている。
まともに関わり合う事さえやめている。

鬼嫁は子供達を自分の味方だと信じている。
既に長男は私と鬼嫁を見放した。
長女は鬼嫁を客観的に捉えているが、ムダな努力をしてバカをみている。

私を守る者は、もういない。
震災の時に諦めた。
知人達も、あまりのバカバカしさに去ってしまった。
鬼嫁が戻ってくれば虐待と食料危機の再現だろう。
直接的な暴力だけを虐待とは言わない。
ヘルパーも切られるだろう。
金銭は鬼嫁が握っている。
多大なストレスだ。
私にすれば生死に関わる。
役所は65歳以上を保護の対象とする。
私はそんな年齢ではない。
私の保護は難しい。
役所が保護出来なければ車で逃げるのか。
それこそ生死に関わる。
自ら死にたくはない。
私に残された道はあるのか。
考えつかない。


妹達に望んでいる。
両親くらいは守って欲しい。
悔いのない人生の終わり方をさせて欲しい。


散々感情的な我儘に振り回された。
私は鬼嫁側についた。
両親に嫌われ疎遠になった。
今は母親も分かってくれた。




そろそろ潮時かな・・・。


断りも無しにNさんのメッセージを使わせて頂きます。


ちょうどウツに片足突っ込んでいた頃に頂きました。
あっさりした感じのメッセージです。
変に期待した方は拍子抜けするかも知れません。
達観しているようにも感じるでしょう。
確かに達観しています。
でも間違ったことは書いていません。



2012年06月14日 14時26分  N

『もし自殺を考えているのなら
もう少し待ってみましょう。
自殺は最後の最後の選択肢です。


時間があるのならなぜこのような状況になったのかを
ゆっくり考えてみませんか?
必ずしも環境、人のせいだとは言い切れないし、
また自分を卑下しても結論はでません。
客観的になぜこうなったのか考えて見ましょう。

私もなぜ?をいっぱい抱えてます。
そしてなぜ?の理由を考えてます。
ある程度自分の振る舞いの欠点がわかってきます。


どんなに困難を抱えても
命がある以上生きていかなければなりません。
どうして神(便宜上使いました)はこんな私を存在させてるのか
わかりません。

べつに命に未練はありませんが
とりあえず誰かによって生かされてるようなので
生きてみます。

まず、うさぎさん(昔のハンドルネーム)は
現状の泥沼から顔を出す事を望みます。

頑張れとは言いませんが死なないでください。』



Nさんは私がブログを始める前からの知り合いです。
才能を生かしてプロになった方です。
名前でググれば簡単にヒットします。
トペンペさんもNさんの昔のハンドルネーム(公表しません)を
知っているはずです。
今は遠くに行っちゃいました。
また会いたいと思っていますが、今の身体では無理です。

Nさんと私と、もう1人の3人で良く会ったものです。
私がアメブロのIDを取得したのは、
もう1人のブログがアメブロに移ったからです。
過去記事で触れています。

Nさんが去った数年後に、もう1人の方が亡くなりました。
それが週刊誌に取り上げられたと知ったのは、
ずいぶん後のことです。
私はその週刊誌を読んでいません。

なぜ、あれ程才能豊かな方が死ななきゃいけないのだと、
大きなショックを受けました。
これも過去記事で触れています。

Nさんも遠方の地で、大きな悲しみに浸りました。

誰にしてみても、
身近な人が死を選択することは、悲しみ以外の何物でもありません。

でもメッセージを頂いた頃の私は、死を意識していました。
生きる自信を失っていました。
生きて行けないと思っていました。

「負のスパイラルに陥ったらお終いだ」
「私はそれを防ぐことが出来るはずだ」
自分自身を信じました。
堂々とブログに書くことじゃありませんが。

今は乗り切りました。
今後もいろいろあるでしょうが大丈夫でしょう。

せっかく生かされているんだから、
死ぬわけにはいきません。
先ずは生きなきゃね。

過去記事に書いたけど、私は自殺を否定しません。
でも私は自殺をとめます。
実際、とめました。


私が送った情けないメッセージです。
もう2度と会えません。だから「今まで有難う」なのです。
Nさんは、このメッセージにレスしたのです。

『ブログ読んでください。
あんまり具体的なことは書いてないけど読めば理解できると思います。

今の身体は2ケ月前と違います。
寝たきりに向かいつつあります。
1人では生きられないように思えます。
正直、死にたいくらいです。
今まで有難う。』


あまり正直なことは、記事に出来ません。
だから多くの方達を混乱させました。
申し訳ないと思っています。
でも多くのコメントは的を得ていた。
私の心情も読み取っていた。
凄いなと思いました。
心配してくれる方達の存在が、大きな力を与えてくれます。
皆さん本当にありがとう。


まだまだ終わりは見えません。
現在進行形です。
今しばらくブログに逃避します。



確かに私は内容の良し悪しは別として
自分の考えを通そうとする。
そして慢心していた。
でも、それだけが原因だとは思えない。
なぜ、こうなった。
私のセリフは屁理屈としか思われなかったのか。
普通の人(家族)に地を出し過ぎたのか。


文が書けないので、正しく伝わらない部分が有るのは自覚しています。
特に裁判所の件がそうです。
言葉の比喩として使うべきものでした。
そんな文章も書けないのです。

それ以外はTさんのコメント通りのことを試み始めています。
私も同じような事をうすうす感じていました。
でも何一つ出来なかった。

具体的表現の記事を書き始めて2週間。
一向に進みません。
未だに下書き状態です。
役所相手にポイントを絞り込んで言葉で説明できるようになってきました。


Tさん。
私達の自助会はよそ様と違い過ぎた。
自助会後のオフ会ではみんな勝手に喋りまくっていた。
楽しかった。
Tさんの置かれた状況とは違いすぎた。


Tさんのやろうとしていた事も、置かれていた状況も知っている。

お会いしたことは無いけれど、貴女は私を良く知っている。
私も貴女を知っているつもりだ。
だから余計なことは書かない。
書かなくても理解してもらえると思う。



貴女のコメントが理解できるようになってきた。
大分安定してきたのだと思う。
私に対するコメントに間違いはありません。
2号店の対人関係は気楽で丁度良いのでしょう。
でも業務連絡だけじゃ物足りません。
言いたい事言って楽しみたいです、
今はブログ以外、何も関わっていませんが。

>私は、独りでぶつかり稽古をしなければなりません。さようなら。

普段の生活でADHDに意識を占領されないで下さい。
定型者が正しいわけではありません。
人種が違うだけです。
人間の出来が良いとは限りません。

Tさんは自分の実力に自信を持ってほしい。
自分にプライドを持ってほしい。
そして定型者の中で生き延びてほしい。
定型者が世の中の全てじゃない。
現役で働いている労働者に占める割合が多いだけだと思ってる。

貴女が属する組織は生きにくい。
でも今まで生きてきた。
私には不可能だ。



私の心はまだ揺れ動いている。
一時の混乱からは脱出した。

貴女には感謝している。
とても感謝している。

もう、お仕事にお戻りください。



私はTさんを忘れたことがない。
これからも忘れない。
貴女にも忘れないでいてほしい。
たまにで良いから覗いてほしい。
Tさん、ありがとうございました。


どら子さんにも同じような気持ちを持っている。
彼女は定型者だが理解しようとしてくれた。
元気にしているのだろうか。
きっと、ブログを覗いてくれていると信じている。

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昨日、Pは鬼嫁からおやつを貰って大喜びだった。

その後、お腹がいっぱいだったのに
鬼嫁が持ってきたご飯を1粒残らず食べた。
余程嬉しかったのだろう。

玄関のドアを見つめながら鬼嫁が相手してくれるのを待っていた。
鬼嫁は車で出て行ってしまった。
2時間ほど過ぎたら丸くなってうずくまっていた。
私の姿を見て側に寄って来た。
普段はおやつを手にして呼ばなければ私の側には滅多に来ない。
私が遊んであげることができないからだ。
余程がっかりして寂しかったのだろう。

今朝、冷蔵庫を開けたらPのためにラップしたご飯があった。
チンしてPの朝食にした。
アツアツのご飯だ。
普段より量も多かった。
Pは嬉しそうに1粒残らず食べてしまった。
鬼嫁が炊いたご飯だと分かるのだろう。


ぴー。
パパが居なくなればママは戻って来るよ。
可愛がって貰うんだよ。


突き離すべきではなかったのか?
いや、話を聞いたところで何も変わりはしない。
鬼嫁の愛情なんて信じない。

現在住んでいる所に居続けるわけにいかないのだろう。
今年になって会社の寮に空きが出来たはずだから、
そこにいるのだろう。
正社員を辞める予定だったから、今は正社員じゃないと思う。
正社員じゃ無い者を、いつまでも寮住まいはさせないだろう。
まして会社は経営危機だ。
それも自分の家に戻ろうとした理由だろう。

誰かに何かを言われたのかも知れない。

自分なりに「こうしよう」と考えたのかも知れない。
私のために戻ろうとしたのかも知れない。

私は話を聞く事さえ拒否した。
それでプッツンして再び出て行ったのだろう。

拒否されることが、どういうものか少しは分かったか。
私は人間性まで拒否された。
私は子供達と連絡さえ取って無かったのに、
子供達に酷い事をしたことにされている。
鬼嫁のことだから、子供達にありもしない事を言い続けたのだろう。
私は子供達にまで暴力を受け、レントゲンを撮るはめになった。

やる気が無いだけで本当はちゃんと動けるんだって?
相変わらずデタラメばかり言いふらしている。

車椅子を押すことなど考えたことも無いのだろう。


残念だけれど電動車いすが妥当な身体になってしまった。
脚は勝手に貧乏ゆすりをしている。
転べば骨折がお約束。

それでも歩く努力をしている。
車椅子を操作出来なかった腕も筋力が付いてきた。
マヒはどうにもならないような気がする。
地道なリハビリをしてみるしかない。
半年単位の長期戦だ。

児童、生徒の夏休みが終わったら,
プールでウォーキングでもしてみようか。
関節の固さの原因が靭帯や筋肉にあるのなら、
泳げる可能性もありそうだ。
少々無理をしたが肩関節の可動域は増えた。
クロールが出来るかも知れない。
医師から水泳が1番良いと言われたが、
このような場合の水泳とはクロールと決まっている。

夢で終わるかな。



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私に残された「出来ること」って何だろう。



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昔の散歩コースの近くまでPを車に乗せて行った。
300m弱散歩した。
家に戻りガレージで休んでいた。

18時30分頃、鬼嫁が来た。
Pにおやつを与えていた。
Pは喜んでいた。

「Pにご飯を持ってきた」と言う。

「食器くらいは片付けろよな」

「話がある」と言う。

「何も聞かないし、言うことも無い」
「何しに来た?」
「隣(両親宅)に行くんじゃないのか?」
「(隣と約束した)土曜日も来なかったくせに」

「私の家だから戻って来た」

「1/3の1はな」
「ローンも払わず自分の預金ばかりしやがって」
「いつまで居る?」

「分からない」

「明日はヘルパーさんが買い出しのために車で来る」
「車が入れるように停めろ」

「入れ替えする」
「明日は仕事」

「何時に出る?」

「8時半ころ」

「Pの散歩くらいは行くんだろうな」
「明後日は通所リハビリの車が来る」
「駐車場に入れて貰わなければ乗れない」

家に入り、何やらごそごそやっている。

Pは玄関に向かって鬼嫁が出てくるのを待っている。
「ママに面倒見てもらえよ」
「パパは居なくなるからね」
「バイバイするからね」


「あんたとじゃ話が成り立たないとみんな言っている」

「みんなってだれ?」
「市役所?」

「福祉関係全員」

「仕事だから」

「仕事は関係ない」
「当たり前のことを言ってるだけだ」

「あんたが出てって」
「市役所に面倒見てもらえば」


19時頃車で何処かに出かけて行った。
行く先も言わなきゃ戻る時刻も言わないのはいつものこと。

昔は休日も知らなかった。
鬼嫁の会社にはタイムカードが無いとも言った。
タイムカードがある事くらいは知っていた。


22時半に犬小屋の出口を閉めた。
鬼嫁は戻って来ない。
外灯を消しドアのカギを閉めた。



戻って来た時には、何やら楽しそうな、優しそうな雰囲気を感じた。
家の中は鬼嫁が生活する準備が少しだけなされていた。

でも、もう何も期待しない。

信用しない。


どんな約束事を書かされるか判ったものじゃない。

食料危機や罵声、暴力は嫌だ。
私を転倒させたまま放っておく。
昔、末梢神経麻痺で失神した時も知らん振りされた。
昔の事なら、第三者が呆れる言動がたくさんある。
わがままも嘘も、もうごめんだ。
後始末もごめんだ。
この身体では対処できない。


私はここから居なくなるつもりだ。
後始末などしないし出来ない。
希望など無いが総てを捨ててリセットする。

みんな勝手にすればいい。


行政は始めから私の保護を意識していた。
まるく収めようと努力した。
鬼嫁を説得しようとした。
その言葉も理解できずに逆上したのは誰だ。


私の未来なんて在るのか無いのか分からない。
それでも、人生をリセットすると決めた。
今の私には、人生を捨てることと同じ意味だ。


自分の無知を棚に上げ、他人の人間性の悪口だけを言う。
人間としての温かみを感じない。

行政は身体障害者に対する虐待という言葉を口にした。
不用意には使えない言葉だ。

行政に何が出来るか分からない。
何も出来ないだろうと思っている。

私に残された選択肢はあるのか。
野たれ死ぬだけなのか。
虐待に甘んじねばならないのか。

普通なら既に壊れているだろう。
死を選択する者もいるだろう。

まだ何とか精神を保っている。
先の状況次第では自分の言動に責任を持てない。



コメントする方に言いたい。

私の状況を把握しよう、何か提案してあげたい、そんなコメントは
感謝もするし生きる力になる。
申し訳なくさえ思っている。

私に対して発達障害の解説をするのは止めて頂きたい。
私に非があるかのような解説も止めて頂きたい。
かえって状況が悪化した。
鬼嫁が都合良く解釈した。
まるで鬼の首を取ったように、
私をののしり、
虐待した。

私は他人の面倒まで見た。
発達障害の基本的知識くらい持っている。
対処の仕方も知らないわけではない。

欲しいのは未来に向けた具体策だ。
私には介護保険制度や自立支援制度、身体障害者に関わる知識が無いのだ。



車の入れ替えの件は母親が処理してくれたようだ。
高齢者の言う事だからハッキリとはしないが。

長男に自分でするように言ったら
「うん」と言ったそうな。

母は、私が出来ないからだと認識していたが、
長男に言ったかどうか定かではない。


母は昔から説明能力に欠ける。
自分だけが大変だと考えやすい。
そして高齢者だ。
頼んだこともやらないで逃げる。
問い詰めても無駄なことだ。

私の事を外部に伝えられる者は母しかいない。
母は、それが出来ない。

誰にも私の事が伝わらない。

父は私を自分の子供だと認識出来ない。
只の隣人だと思っている。
父の土地(ガレージ)に居ると怒られる。
こればかりは仕方ない。



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記事の追記や修正は出来そうもない。
諦めた。

書きかけです。
いずれ、書きたしながら修正していきます。


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私に未来が有るかなんて分からない。
それでも生きる。


家族も両親も捨てる。
既に捨てられているとも言えるが。

今まで培った自分を捨てる。
パソも捨てる。
本も捨てる。
オーディオも捨てる。
人を捨てる。
総てを捨てる。

人としての尊厳を保つ。
人として生存する。


ケアマネに電話した。
休暇に入っていた。
相談したいことがあるから、
休暇が明け次第連絡してくれるよう言づけた。

身体障害者の担当に電話した。
今まで隠していた事を伝えた。
これから生じるであろう状況を伝えた。
避難したいと伝えた。
保護(保護は難しい)してほしいと伝えた。
包括支援センターや、それ以外と連携して動いてくれと頼んだ。
担当者は障害者に対する虐待だと言った。

私は当初、体調整えのためのショートステイがしたいと希望した。
現場を知る者が使う言葉だ。
現場を知る者が教えてくれたと伝えた。
匿名のメール主は予想した人だったと伝えた。
何冊か本を出版した人だと教えた。
それ以上は何も言わなかった。

2人とも私を助けてくれた。
具体的なことや状況の変化は教えていない。
大きな迷惑をかけた。

他にも援助してくれた方がいた。
心配してくれる方達もいる。
皆さんに感謝している。

でも、現実社会では1人ぼっちだ。
最近2ヶ月間の携帯の履歴は福祉関係だけだ。
個人との会話はゼロに等しい。

心残りはPだ。
私が捨てる者達は生き物を飼う知識も資格も無い。



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暫くの間、主な記事を表示しておきます。

私の生きた足跡です。

前日の記事に貼ったリンクと併せて読んでいただければ幸いです。




追記 8月15日

18:30ごろ鬼嫁が帰って来た。

「話がある」と言う。

「何も聞かないし言う事も無い」

「あんたが出ていけ」と言われた。

19:00頃車で何処かに出て行った。

22:30にPの犬舎の出入り口を塞いだ。

外灯を消し鍵を掛けた。


既に16日の0:13だ。
出て行ったきり戻って来ない。


行政は始めから、私の保護を念頭に動いていた。
それでも、まるく収めようと努力した。
その言葉も理解できず、逆上したのは誰だ。


後で書き足すつもり。



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昨日はPの散歩をする自信が無かった。
車に乗せて空き地に行き走らせた。
帰宅すると長男の車があった。

車の入れ替えを頼めば嫌な顔をされる。
私の車の合いカギを両親宅に預けてあるから私の車をガレージの先頭に停めた。
疲れて休んでいたら誰かが家の中に入って来た。
長男だった。
車を出すから私の車をどけろと言う。
合いカギを預けてあるだろうと言ったら毒づかれて怖かった。
左脚は身体を支えられないほど言う事をきかなかった。
骨折部分も痛かった。
何とか車に乗り込み入れ替えをした。
いつもの場所に停めるのには20分かかる。
そんな元気は無いので長男の車が止められるスペースを開けただけにした。
Pの相手をしながら一休みし、家に入ろうと玄関のドアを開けたら帰って来た。
5分もしないで帰って来た。

今日の11時頃、両親宅の玄関で
「合いカギを預けているんだから、車の入れ替えは自分でやるよう長男に言ってくれ」と母親に言った。
「私には関係ない」と言われた。
「私は忙しいと」言いながら、そのまま玄関から立ち去った。
母はいつもこんな調子だ。

先週、「長男は私が動けると思っている」と母に言われた。
「長男に説明してくれ」と頼んだが説明していない。

「長男が何を怒っているのか聞き出してくれ」と何度も頼んだが一向に聞き出してくれない。
そして昨日、「なぜ私がしなければいけないの、私には関係ない」と言われた。
母は「私だって大変だし忙しい」と言う。

父は完全な認知症、母も高齢だ。
年齢相応の不具合はある。
でも同年齢に比べれば元気なものだ。
私の身体の方がボロボロだ。

私が両親のために行ったことなど何も覚えていないらしい。

只の、面倒くさい人間が居るとしか思っていないようだ。

実の子供だという認識も無いのかも知れない。


鬼嫁は私の母に「毎週土曜日には両親宅に顔を出す」と言いながら先週は顔を出してない。
その連絡も入れてない。
昔からそういう奴だ。

「いずれ戻って来る」と母に言ったそうだ。

母は自分達夫婦のことしか考えないから、他人事らしい。
両親が無くなれば両親の家に住むのが分かっているのに、財産を欲しがっているのが分かっているのに、どうでも良いらしい。

家に戻って来れば、私はヘルパーさんを切られるだろう。
また食料危機と障害者いじめ、暴言、暴力が復活するだろう。
訳の分からない約束事を書かされるだろう。


私を守る者など誰も居ないことがはっきりした。
淡い期待は消えた。
残された選択肢は施設に逃げ込むことだけだろうが出来るだろうか。例え行政が努力した所で、鬼嫁が拒否するだろう。
「お金が無い」
「放っといて下さい」
と言うのが目に見えている。


両親は母親が動けるから自分達で生きていける。
私は1人ぼっちだ。
私は生きる手段として、嫌な場所から遠ざかって来た。
両親が家を建てたから、私はここに来た。
結婚して子供をもうけた。
家も建てた。
逃げるに逃げられない立場になってしまった。

然し両親は何もしてくれない。
東日本大震災の2年ほど前から、子供達が何を勘違いして怒っているのか分からない。鬼嫁が原因としか考えられない。
昔から鬼嫁は見え透いた嘘ばかりついていた。
そして何をするか分からない人間だ。



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これは私の初めてのブログの一部です。
2006年5月7日〜8月15日までの期間限定でした。
『うさぎのたわごと 発達障害・ADHD』
livedoorブログ県内総合2位。(1位はヤマダ電器さん)
livedoorブログ「こころカテゴリー」全国20位前後。



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私は一時期、「成人ADHD」のNPOに関わっていました。
そのNPOの顧問をしていたのが私の主治医でした。

医学部に入り直して医師になった、珍しい経歴の持ち主です。
ある方の影響を受け精神科医になりました。
その方を手助けするために、
周囲の説得を聞き入れず県外に去りました。
予定していた送別会の時も説得されていたらしく、
顔を出しませんでした。
いつになったら来るのかと、みんなで待っていたのに残念です・・・。

その後もしばらく交流が続きました。
ネット上に保管した長女の晴れ姿の写真を見て、
たいそう喜んでくれました。



主治医が県内にいた頃は、毎月のように集まりがありました。
当時は自助会とかサロンと呼んでいました。

私達は環境に恵まれていました。
私の参加していた自助会では主治医の講義が行われていました。
脳や心理学等のお勉強です。
まるで医学部の1年生みたいです。

当時のメンバーは俗に言う頭の良い方や、
才能豊かな方が多かったです。
原書を和訳してくる者、才能で世間に知られた者(プロ)、
そのプロが認める沢山の才能を持つ
只の主婦(ネットではいろんな分野で有名)とか・・・。
しっかりした方達が多かったし、
自分を客観的に見つめることが出来る方達でした。
メンバーからは当時の最先端の情報が入りました。


私のリンク先に
hibikiさん 「空と海の交わるところ〜僕の欠片〜」
があります。
昔は北海道の総合2位でした。
彼は医師です。
脳の話題になった時、話しについていけました。
主治医の講義を受けていたからです。
どらこさんは早々と脱落しました。(笑)

いろんなNPOがありましたが、
私の参加していた自助会は他の自助会と内容が違いました。
私が属していたNPOでも、
専門医の講義を受けていたのは私の県だけでしょう。

日本にADHDの概念が入って来た頃のことです。
専門医も殆どいなかった頃です。



皆さん自助会に顔を出すくらいですから、
悩みもあれば苦労もしていました。
結末は人それぞれですが、それは周囲の無理解が大きな要因です。

私達は恵まれていました。

まだADHDが良く知られていない頃です。
当事者達も情報に飢えていました。


私が知った事を当事者に情報公開するためにブログを始めました。
多くの仲間に手伝って頂きました。
唯一面識の無かったのが本を出版なさった方です。
ずいぶんご無体なお願いをしてます。
その方には私の性格バレバレです。
「続編」のほうだったかな (・・?

難しい事は書いていません。
ADHDの講釈しても無意味です。
社会に出たら、
どうやって生きていけば楽になれるかがテーマでした。

仲間は大勢いいます。
仲間と会えば楽になれます。
その程度の事しか書きませんでした。
でも、それが大事なんです。
ADHDに捉われて楽しいですか。
そんなこと一生懸命考えたところで何か良い事が有りますか。
普通の人達の中で社会生活を送るスキルを学ぶべきです。
個人の生活は好きにして構いません。

ま、昔の感覚なんですけどね。



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今、私が壊れずに済んでいるのは
自助会(サロン)に参加していたからです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この記事を書くだけで4時間以上かかりました。

冗談や他の話題を受け入れる余裕はありません。
ADHDの講釈も必要としていません。
トペンペさんのような
「指摘」と「道標(みちしるべ)」なら受け入れます。





先のコメントは「ジョーク」でしょうか。

>動けないと頑固さが増す。うちのかあちゃん。

どこから、そういう言葉が出てくるんですか?
生きるか死ぬかの状況だったんですけど。
やっと食事の確保が出来るようになったばかりです。

家族から虐待(暴力を含む)を受けていたんです。
食事も無かったし、病院代も貰えなかったんです。
介護保険の利用やリハビリをさせられなかったんです。
その結果、私の骨はボロボロです。
転べば骨折して寝たきりになります。

病気入院やケガ入院の時、主治医やリハビリ責任者、看護師責任者の説明も聞かず勝手なことばかり言うので病院関係者から同情されたんです。
私以外は誰1人として診断書や退院後の計画書さえ見てません。

両親と親戚は実情を理解せず、私は両親の遺産相続が出来ないようにされたんです。

原因を作ったのは配偶者です。

主治医やコメンテーターさんのおかげで役所が動きました。

役所は配偶者に対して、呆れかえり匙を投げました。
役所が特別扱いしてくれているので生きているんです。
役所に守られて生きているんです。

餃子さんが今の生活を手に入れるために苦労をした事は知っています。
役所相手に大変だったことと思います。
当たり前だけど、家庭の問題も無いわけじゃない。

役所は簡単に動いたり、認めたりしてくれません。
皆さん、それで苦労をします。

でも私の場合は、役所のほうから動いてくれたんです。
私を救ってくれたんです。
それだけ、とんでもない状況だったんです。

先が見えない中で生きる方法を必死に探しているのに、「動けないと頑固さが増す」とは、一体何が言いたいんですか。





PGNさん


>詳しい話や難しい話はわかりませんが、ブログの更新がピタっと止まったのが気になっています。

書きたい事はいっぱい有るのですが体力と思考力が落ちてるので記事が書けません。
指1本で打鍵するのは凄く時間がかかります。

>具合はいかがでしょうか。

朝7時半に目覚めるのですが身体が動きません。
8時半頃に起きます。
でも殆ど歩けません。
朝食は10時過ぎになります。
その後Pに餌を与えますが、やっと歩いて行きます。
11時頃から軽いストレッチや発声練習。
腕の運動。
休憩とPの相手。
13時〜14時頃に昼食。
食事後の食器洗いだけで疲れます。
3分間立ち続けることが出来ないので歯磨きが辛いです。

1日に歩ける距離は300〜400mです。
100m10分かかります。
18時前後にPの散歩をした後に足の運動をします。
先に足の運動をすると散歩に行けなくなります。
14時以降にならないと歩けません。

夕食は休憩したりシャワーを浴びてからになりますから20〜21時過ぎです。
食器を洗えば22時です。

ご飯は1食分ずつラップして冷凍しておきます。

最近はTVでオリンピック観ながら眠ってました。



餃子さん

>トペンペ様 ご尊敬申し上げます。
>人生を折り返し3年。
>もう 自分の人生を楽しく生きることを考えてます。

身体壊して動けなくならないようにね。

>20代で結婚しないと決め 出会いはあったけれど 一人も一人で実に楽しい。

私も結婚しないと決めてたんですけど…。

>孤独死になろうとも その死に顔は笑ってるんじゃないかと思う位。

私が孤独死したら誰が発見してくれるんだか。

妻が私の両親の家に住もうとしています。
私は住めません。

詳しくは書けませんが役所の責任者もがっかりしてます呆れてます。
「家庭裁判所のプロに頼むしかない」と言われてしまいました。

>ぷうすけさん さようなら

何がさよならですか。
突然消えたり出てきたり。
メアドころころ変えるからメアド分かりません。
まだ、お互いに存在してるんだから、もう少しお付き合いくださいませ。



トペンぺさん

>行き場の無い依頼心も、敵意も、情熱も、未練も、見捨てられ不安も、憎しみも、自尊心も、ぷうすけさんは片っ端から今、持て余しているんです。

相手の言うことがころころ変わるし、言ったことさえしない。
ま、そういう人ですから。
最近は離婚を取りやめるとのたまっています。
90歳近い私の母は「この家に住みたいだけ」と言ってます。
私は住めませんが。

>話が分かる人、悩みの肩代わりや依存は出来なくても、理解と支援ができる人間を見分けてねじ込むんですよ。

役所は特例的な扱いをしてくれています。
ケガは1年間の要支援2でした。
今回の再認定でも1年間の要支援2です。
7月から障害福祉サービス家事援助が「7.5時間/月」から「15時間/月」になりました。

>でも、ぷうすけさんは諦めなかった。
>だから今の境遇があるんです。
>最大限活用して欲しい。
>疎開をしないなら、しがみついてがっついて支援を使って欲しい。

>家族との通訳役が必要不可欠

「役所の責任者にプロに頼むしかない」
「家庭裁判所しかない」
と言われました。

今週、病院(ADHD)の主治医に暴力を受けた事などを伝えました。
主治医の指示で、病院の専門の部署と相談することになるかも知れません。

>一口に「どうしたらいいか分からない」と言っても、能力的に分からないのか、不貞腐れているのか、二通りの見方があるんです。

情報が無いんです。
判断材料が全く無いんです。
思考力も無いけど。

>でも、ブログを頼るだけだとご自分を自分で自制できなくなるかもしれないことは、感じていますか。

「こんな使い方をしても、いずれは誰も見向きもしなくなるだろう」と記事にしてます。
でも、何とか自分を保てました。

食の心配、暴力、虐待その他で精神状態を保つ自信がありませんでした。
ウツに片足突っ込んでいる事を自覚していました。
私は1人ぼっちでした。
何かに頼らざるを得ませんでした。
私に残されていたのはブログだけでした。

ブログには書けない事が沢山あります。
そして私自身が状況把握ができていません。
それがコメンテーターさんを疲れさせました。

また状況が変化し始めたようです。
その情報がありません。

>ブログの他にも、直接会える人間で、介入してくれる人が要ると思います。

役所の部署の責任者が「家庭裁判所、云々」と言ったのです。
頼れる者は誰もいません。
完全に孤立無援です。



ブリギットさん


>メッセージありがとうございました。
>少しでも辛い気持ちが和らげるよう祈っております(*ov.v)o

そちらの土地には慣れましたか。
顔晴っているようですが無理はしないように。
でも負けるんじゃないぞ。
私も先の事は分からないけど負けないよ。

考えてみたら、ネット始める前からのお付き合いなんですね。
また会いたいね。
昔のハンドルネームで呼びたいな。



あさん


>いくらか暑さが和らいだけど、また暑くなるみたい。
>くれぐれも熱中症・脱水に気を付けてよ。

ホントに今年の暑さは何なんでしょう。

>どこの家庭にもたくさんの問題がある・・・

自分が1番不幸だと思っている人の気が知れません。
そんな人に限って、不幸じゃないんですから。

>ただ、身体が不自由になった時に頼れる家族がいないのは悲しすぎます。

お恥ずかしいと言うか情けないと言うか…。

>自分の気持ちをしっかり持ち続けてください。

どっちかと言えば、私の精神は壊れにくいほうです。
それでも、この体たらくです。

今は食事の確保が出来たので、大分気持ちが楽になりました。

>病の再発はいつどこでどうなるか予測不能です。
>私もいつも怖いと思いつつ暮らしています。

再発の確立は高いと思いますが考えていません。
確立なんか関係有りません。
再発するかしないか2つに1つです。
それが今か来年かなんて分かりません。

私は今現在のために生きているとは思っていません。
今日のためでも有りません。
明日かそれ以降の未来のためにリハビリをしています。

>ストレスが一番の大敵なのに・・・

症状を理解されない。
ホントは出来るのに、やらないだけだと思われてます。

>いつも見てるからね。

感謝しています。



送ったメッセージを、そのままブログ記事にします。
私が生きてきた証として記事に残します。
生きる拠りどころにします。


私は病気と度重なる骨折で、
生活することが難しい状態です。

両親から財産を相続出来ません。
私の長男が土地と建物を相続します。

妻は私の身体を理解しないまま出て行きました。
見捨てられたわけです。

今まで散々、私の両親の悪口を言っていたのに、
最近では取り入っています。
長男にうまいこと言って、
私の両親の家に住むつもりでしょう。

離婚は撤回するようです。

子供達に私の悪口(デタラメ)を言い続け、
私が子供達に酷いことをしていたと、
子供達は信じています。

私は5年くらい子供達と連絡を取っていませんでした。
子供達が何をしていたのかさえ知らないのです。
何も出来るはずがありません。

子供達にも暴力を振るわれました。

市の福祉関係者達は妻の言動にあきれ返っています。

自立支援と介護保険で何とか生きています。
特例とも言える扱いをしてくれていますが、
いつまで続くか分かりません。

骨も筋肉も後期高齢者並みです。
転倒すれば骨折します。

ヘルパーさんが作ってくれる食事で生きています。

ブログでは、あまり具体的に書いてませんが、
酷い環境に置かれています。

味方は誰もいません。

1人ぼっちです。


両親、妹達、子供達、生家の従姉、知人等、
誰も私の身体や置かれた状況を知りません。
なぜこうなったのかも知りません。

総ての原因は妻にあります。
あんな人間と結婚した私が馬鹿でした。
総てを失いました。

それでも、生きる努力はしています。

多くの「お仲間」を見てきました。
主治医の講義(医学や心理学等)も受けました。
ですから、精神は何とか保っています。


他人の死を止めた本人が死ぬわけにはいきません。
自ら死ぬことはありません。

その代わり、未来もありません。

病気が再発したら、
死か植物人間、
或いは自分で自分が分からない人間になります。

先の事は全く分かりません。


書きたいことは沢山あります。
打鍵が出来ません。

文章がまとまりません。

心身ともに疲れています。

このままブログ記事にします。

私が生きてきた証として記事にします。

生きる拠りどころにします。


私は病気と度重なる骨折で、生活することが難しい状態です。

両親から財産を相続出来ません。私の長男が土地と建物を相続します。

妻は私の身体を理解しないまま出て行きました。
見捨てられたわけです。

今まで私の両親に散々悪口を言っていたのに最近では取り入っています。
長男にうまいこと言って私の両親の家に住むつもりでしょう。

離婚は撤回するようです。

子供達に私の悪口(デタラメ)を言い続け、私が子供達に酷いことをしていたと、子供達は信じています。

私は5年くらい子供達と連絡を取っていませんでした。子供達が何をしていたのかさえ知らないのです。何も出来るはずがありません。

突然、子供達に暴力を振るわれました。

市役所の障害者担当や包括支援センター責任者は妻の言動にあきれ返っています。

自立支援と介護保険で何とか生きています。
市は特別扱いしてくれていますが、いつまで続くかは分かりません。

骨も筋肉も後期高齢者並みです。転倒すれば骨折します。

ヘルパーさんが作ってくれる食事で生きています。

ブログでは、あまり具体的に書いてませんが酷い環境に置かれています。

味方は誰もいません。1人ぼっちです。

両親、妹達、子供達、生家の従姉、知人等、誰も私の身体や置かれた状況を知りません。
なぜこうなったのかも知りません。

総ての原因は妻にあります。
あんな人間と結婚した私が馬鹿でした。
総てを失いました。

それでも、生きる努力はしています。

多くの「お仲間」を見てきました。
〇〇先生の講義(医学や心理学等)も受けました。
精神は何とか保っています。

他人の死を止めた本人が死ぬわけにはいきません。
だから、自ら死ぬことはありません。

その代わり、未来もありません。

〇〇〇が再発したら死か植物人間、或いは自分で自分が分からない人間になります。

先の事は全く分かりません。

1人になってしまった。
何も考えられない。
身体が動かない。
Pの散歩をすれば疲れてリハビリ出来ない。
リハビリすれば疲れてPの散歩が出来ない。

鬼嫁のする事、言う事が理解できない。
鬼嫁に原因があるのに他人のせいにする。
周囲の言う事を理解できずに訳の分からない事を言う。
病院は私に同情し、市役所の担当者は驚き悲しんだ。

私が子供達に悪い事をしたと言う。
私は子供達と何年間も連絡を取っていない。
連絡は鬼嫁が1人占めした。
私は子供達が何をしていたか知らない。
何も出来るわけが無い。

他人の悪口ばかり言う。
子供達に私の悪口とウソを言い続けたのだろう。
長男は私の顔を見るなり暴力を振るった。
鬼嫁の説明能力の無さに振り回され、私に「2度と来るな!」と言われた長女は私の母の前で泣いた。
そして暴力を振るった。
親の問題を解決するのは無理なのだ。
鬼嫁に振り回され悪い結果となるだけだ。
何度、教えた事か。

長年、鬼嫁は私の両親の悪口を言っていた。
面倒を見ないと言っていた。
鬼嫁のわがままの味方をして両親と不仲になった。
今は両親に取り入っている汚い奴だ。


私の面倒を見ない事だけは確かだな。
私が気を失っていた時も放っておかれた。
痛みで動けない時も玄関のたたきで転がったままだった。
子供達は知らないが、こんな類の話は沢山ある。
ケガと病気の前だったから、見切りをつけて諦めた。
そして周囲には何も言わずに耐えた。


母親は高齢だから私の面倒を見れない。
妹達も私の事はどうでも良いらしい。
私は誰も頼れない。

しっかり者の意味を込めて鬼嫁と表現していた。
今は人間じゃないと思って鬼嫁と書いている。

共稼ぎだったが鬼嫁の稼いだ金は自分の通帳に入れ、私の収入で家計を賄い、子供達が進学すれば私の両親から援助を受けた(「金を借りた」が正しい)。
鬼嫁の通帳が担保だが返す気は無い。
既に母は諦めている。

2人の収入で家計を遣り繰りするのが普通だろう。
鬼嫁の考えは違うらしい。

私はよほどの事が無い限り酒の席にも出なかった。
酒は好きだし2日酔いの経験も無い。
理由は終電には間に合わないからだ。
帰りのタクシー代は飲み代より高いし貰えない。
タクシーに相乗りして帰宅できないのだ。
どうしても出席しなければならない酒席だってある。
私は2時間以上歩いて帰った。
雨も降れば風だって吹く。
鬼嫁が迎えに来たのは、1度か2度だけだ。
いつも歩いて帰った。
この辺りではタクシー代、代行代、迎えに来るのどれかが当たり前だ。

現在、家のローンは私の金で支払われている。
登記簿も実印も通帳も鬼嫁が持っている。


物も心も、私を支える者は居ない。
私の心が折れたら自分を支えられなくなる。


いったい離婚したいのか戻って来たいのか分からない。
2分後には違う事を言う鬼嫁だ。
周囲の言う事、する事が理解できない。
文字数の限られたショートメールでさえ2〜3行の短文だ。
幾つかの単語が並んでいるだけだ
そして意味不明。
そんなショートメールしか書けない。
紙に文章を書けば日本語とは思えない。
あんな日本語、他に知らない。
意味が全く分からない。
そんなに頭が悪いとは思わっていなかった。
何も知らないのに威張っている。
良く会社勤めが出来たものだ。


引っ越しを手伝ったのは勤務先の課長だろう。
格下げ食らった脳無しだ。
長男はタッチしなかったらしい。



何もしてないのに悪者にされてきた。
子供達に誤解されている。
金は無い。
誰も助けてくれない。
1人ぼっちだ。
これからどうなるのだ。
行政だって、いつまでも面倒など見ない。
一人で倒れていたり死んでいても誰も見つけてくれない。
そんな状況だ。


優しさが有るのなら、人を思いやる心が有るのなら気を楽にして一緒に住みたいとも考える。
しかし、市役所の福祉担当の言葉を訳の分からん解釈して、感情的な苦情の電話を入れた。
同居したとて何も変わらない。



子供とのコミュニケーションや妻への対応の仕方に対するコメントがあった。
ADHDとASの説明をされても解決策にはならない。
私は生命の危機と暴力に晒されていたのだ。

良く考えてほしい。
私は30年間近く家庭を維持してきた。
それなりの努力はしてきた。

それとも、鬼嫁の駄目っぷりを列挙しないと私の努力不足にされてしまうのだろうか。

過去に遡って、聞き取り調査を行った行政でさえ呆れているのだ。
行政が知った事など氷山の一角に過ぎない。

まして私は「お互い様」と書いた。
自分のいたらなさを肯定した。
でも、あれ以上は出来ない。


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今日は2時間睡眠で通所リハビリ。
到着早々ベッドを確保した。

リハビリ担当者が休暇のため歩行チェックをして貰えなかった。

朝、目覚めてしばらくは歩けない。
リハビリ担当者の求めていたものは、
目覚めた時の姿勢だと気付いた。

無理に意識する必要なんて無かったのだ。
自分ではずいぶん矯正されたと思っている。
最初の骨折の影響があるから、どこまで回復するか心配している。

ぴっぴの散歩時にも歩行姿勢を意識しているが、
筋力低下が目に余る。

筋力強化も大きな課題になってしまった。
ダンベルは危険過ぎて使えない。
昨日、リハビリで使用するゴムを2つ購入した。
昔の感覚で強度を選んでしまった。
強力過ぎた。
それでも使う。
筋力強化が目的だし毎日行うのだから、1セット5〜10回で充分だ。
内ももを鍛える玩具のような物も購入した。
胸の筋肉強化にも使えるが、じきに壊れるだろう。

運動選手が行うようなストレッチもしていた。
お陰で左肩の可動域がずいぶん増えた。

ストレッチにしろ何にしろ、目的に合わせて行っていた。


ぴっぴの散歩の途中で足が上がらなくなる。
膝が笑う状態に似ている。
大腿筋が弱っているのも身にしみて分かる。
それでも1日毎に持久力が増している。
夜になると痛みが出るけれど…

ぴっぴは自分の行きたい所に行けないので、ご機嫌斜めです。



私は相手の言葉を額面通りに受け取る。
アスペと言えばアスペだが軽度だ。
ADHDのほうが遥かに勝っている。


ここいら辺りの方言が分からない。
時々別の意味を持って使われる。
使い方は地域やコミュニティごとに違う。
住民たちは、それに気付かない。


共通語に似ている部分もある。
言葉の意味は全く違う。
その上、使うたびに意味が変化する。

北関東の人達は訛りを自覚している。
この辺りの住民は方言だと思っていない。
標準語だと信じている。

そんなもん誰が理解出来る。

ここに住んで1年間以上、両親の言葉が理解できなかった。
両親は普通の言葉に戻してくれた。
他所の土地に行けば、ごく普通の言葉だ。
周囲は「上品ぶって(い)る」と言って嫌った。
歳と共に方言を使いだしたので困っている。

幸いにも近所はよそ者が多い。
方言で有名な土地の出身者もいる。
それでも当たり前に言葉が通じる。


地元出身者の言葉は分からない。

ここの方言を理解出来た県外出身者を知らない。

外国語と思うような方言なら覚える努力はする、


両親と家族の中で、私だけが言葉を理解できない。

言葉が分からない私を「(精神的に)おかしい」と言う。

そう、この辺りで使う「おかしい」は、人間性を否定する響き強い。
「おかしい」だけに限らず、強烈な上から目線を感じる。

一時期、とてもガラの悪い言葉を使う地域に廻された。
余りに腹が立つので私は話し方を変えた。
今もその話し方を使っている。
家族や両親に「怒られているようだ」と言われる。
そりゃそうだ。
怖いお兄さんを彷彿させる。
と言うより、怖いお兄さんの話し方そのものだ。

ここの言葉に対抗するには仕方なかった。
自分を守るためだ。
それは家族を守ることに通じる。
そして家族に嫌がられた。
家族にとっては故郷なのだ。


ここは県内でも特殊な地域。


父が家を建てる時、
「この辺りに住むのだけはやめてくれ」
と懇願した。






このまま別居を続けるのか?
それとも戻って来るのか?

「私のことを嫌いだ」
「面倒はみない」
「離婚する」


何べん言われたことか。

やっぱり別れるのだろうな。
私は言われたことを言葉通りに受け取る。
裏読みなど出来ない。


福祉用具は使用禁止。
使いたい物は不自由な手で取るように配置される。
昼飯無し。



私の症状など、どうでも良いのだろう。
入院費の手続きは、そつなくこなしたが、
医師の説明も聞かなければ、
退院後の注意事項も目を通していない。

長期間1人で家を守るのは大変だったろう。
でも、私が家に戻るために行った、
リハビリの質と量を知らない。
リハビリ責任者の言葉さえ聞こうとしなかった。



子供達に何を言い続けたのだ。

東日本大震災の後に戻って来た長男が突然暴力を振るった。
左手をつかんで引きずりまわした。
左肩脱臼を防ぐだけで精いっぱいだった。
私は未だに理由が分からない。

母親から何を言われて続けてきたのだ。

私の母が必死に止めた。
「お父さんは、おまえが思っているような身体じゃない」

そうしたらガキのような言葉を吐いた。
「好きで生まれてきたんじゃない」
あの長男が、こんな言葉を吐くとは…。
情けなかった。

人を見る目を養うために大学に編入させたのだ。
院まで行った奴のセリフか。
お前の考えは母親と姉以外は誰も知らん。

母親の情報伝達能力の無さも知らないらしい。
私が方言を知らないから理解出来ないだけなのか。

就職に対する考え方も知らされていない。
祖父母(と私達夫婦)のために戻ってきたのか。
そうは思えないが。

教授推薦を断る理由がどこにある。
他にも一部上場を蹴飛ばしている。
誰もが知っている企業に
「公務員試験に落ちたら入ります」だと。
一体何を考えてんだ。

政令都市や県庁の技術職なら研修もあれば資格も取れる。
よりによって市かい。
これから収入ダウンが目に見えている市かい。
県職員の仕事ぶりさえ嫌っていたのに。
そんなにノンビリした暮らしがしたいのか。
イクメンにでもなりたいのか。

部長くらいにはなるのだろう。
それでも私は面白くない。
今まで身につけた知識をドブに捨てるのか。

〇〇に会ったら、「祖父がお世話になりました」と挨拶しておけ。
ホントはお爺ちゃんが世話したようなものだ。
〇〇を担ぎ出したのは、お爺ちゃんの弟と私の顧客の1部達だ。
私は関わっていない。政治は嫌いだ。

私も独自のルートくらいは持っている。
でも教えない。
それがお前のためだ。

〇〇が使えないようにした。
県議が動けない状態(マスコミで叩かれた)だったが、念のためだ。


私は東日本大震災の罹災者だ。
避難所に居た。
私は無事に避難出来た…。

地震の揺れの方向が90度違っていたら、ベッドなどひっくり返っていた。

子供達には縁の無い親戚を津波で亡くした。 
地震と津波に関してなら、他にもいろいろある。
長男もいろんな事があるはずだ。
なにも語らないだけだろう。


更には東京電力原発事故の被害者だ。
友達は皆、県外に去った。

両親と家族の中で、
私だけが「罹災者」であり「被害者」だ。
お前達に私の気持ちなど理解できまい。


余震対策をしたのは私だ。
近所の家々は、2日で対策を終え、親戚などに避難した。
私は余震対策に2週間を費やした。
妻は何もしなかったに等しい。
私が探すように指示した僅かな物を、
家の中から持って来ただけだ。
殆どファミリーキャンプのノリだった。
手に入れることが出来たガソリンさえ買って来なかった。
後片付けも私が半年かけて行った。

東日本大震災など他人事だった。
インフラは壊滅していたのだ。
東電の原発事故も他人事だった。


長女も暴力を振るった。
お前は母親に何を言われ続けたのだ。

お前には決定的に足りない物がある。

児童・生徒・学生時代と、社会人では発達障害の捉え方が全く違う。

いつまで子供じみた事を言っているのだ。

社会生活を営んでいるADHDの人間と会ったことが無いのだろう。

大勢の成人ADHDが存在するのに、
会ったことも話をしたことも無いのだろう。

お仲間と会うことは基本中の基本だ。
沢山の成人ADHDが存在することを知って安心する。
1人で悩み続けることも無くなる。
生きていくスキルが身に付く。


まだ、母親の対処が間違っていることに気付かないのか。
知識も無ければ対処の仕方も知らない事に気付かないのか。
人生を棒に振りたいのか。

あれだけの資質を有していることさえ理解出来ないのか。

就職で1本釣りされた理由も分からないのか。


暇が有ったら記事にする。





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