私がお前に
「二度と来るんじゃねぇ」
と言ったのは初めてだ。


「いつでも帰っておいで」
「その代わり、お爺ちゃんとおばあちゃんの家にいるんだよ」
「家にはなるべく関わらないように」

としか言わなかった。


お前が家出すると言った時、ドライブに誘った。
なぜ誘いに乗った。
自分の気持ちや考えを、
分かってくれる人間だと思ったからではないのか。

2度と会えないかもしれない。
そう思いながら写真を撮った。


お前は寂しそうな顔をしていた。
俺に気を使いながら振る舞っていた。

そんなことの繰り返しばかりだった。
それでもお前は総て自分の力でやり遂げた。

大学でも、全て自分で段取り、
他人の出来ない事をたくさんやり遂げた。


俺はお前ほど万能な人間に出会ったことが無い。
アマチュアとしちゃ、全てがトップクラスだ。


1位でなければ何も感じないのか。
2位や3位では何も感じないのか。
自分は駄目だと自信を失くすのか。


俺も似たようなものだったから、説得力ゼロかもな。
でも、人は変われる。変えることが出来る。


知っていると思っていたが、6月17日(日)にブログを教えた。
読者もチンプンカンプンな最近の記事しか読まなかったようだな。

ブログで全てを曝け出す者などいない。
曝け出すのは壊れた奴だけだ。


お前は俺に嘘をつけない。
嘘だとばれるからだ。
逆も言える。
俺が嘘をつけば、お前は疑う。
お互いに分かってしまうのだ。


たくさんの記事を読んで欲しかった。
読めば私のしてきたことの意味が理解出来るからだ。
体調が許さなかったようだな。


なぜ、母親に見せた。
母親の性格を知りながら、見せるべきと判断したのか。
母が吐くセリフなど予測できたはずだ。
今まで何度、「関わるな」と言われた。
結果など目に見えているはずだ。
お前が傷つくだけだ。

俺が困る。

お爺ちゃんとお婆ちゃんも困る。
だから、もう関わるな。



お前が生きて行く方法は簡単だ。
個人プレーができる環境に居れば良い。
それが組織なら、関わる者達を自分の色に染めれば良い。
自分の能力で勝てば良い。

お前は心配りが出来る。
団体の中で過ごす力もある。
疲れるけどな。


会社は、お前個人の能力を買ったはずだ。
今時、協調性ごときで1本釣りするか。


俺に似ている事を1つ教える。
お前は最初に結論ありきだ。
簡単に答えが出るはずだ。
最初のひらめきで正解だ。
相手がドキっとするほどの正確さだ。
その後に余計な講釈を付けると重みが減る。
偏見と独断に満ち満ちた、なんて事は言わなくて良い。

お前は立ちまわり方を身に付けている。
同じ頑張るなら、こういうことに頑張れ。
疲れるけどな。

これは仕事の話だ。



同じ事をいつまでも引きずるんじゃない。
最初の答えで当たっているのだ。




書きたくもなかったが、昔の手紙を記事にする。
この手紙に間違ったことが書いてあるか。
手紙を書いてから何年経った。
お前の何が変わった。

最初の考えで当たっているんだ。




こんな記事を書くってことは、
ブログの末期が近いかも知れないってことだ。


ぴっぴに餌や水を与えることさえ苦痛だ。
ぴっぴの世話をする自信が薄れてきた。

そういう身体だ。



パラグライダーで墜落。
腰椎粉砕骨折で入院中に手渡された手紙。
5月下旬か6月です。





封筒表面

「病院でヒマをもてあまし
     困っている父へ」

長女らしい漫画が書いてある。
(聞いたふうな美大くらいは入れた)



封筒裏面

最初の方
文のリズムも何もかも
   めちゃくちゃです。
後半はまだましです。

長女が1番自信を持っていたのは文章を書くことだ。
こんな説明書きをする子ではない。
手渡す時も何かを抱え込んでいるような顔つきだった。
私は恐怖心にかられた。
手紙を読むのが怖かった。


やっと中学とおさらばしたのだ。
私と娘は三者面談で学年主任の指導を無視した。
教師の言う事を信じていたのは鬼嫁だけだ。

当時の教育委員会、校長、教頭、教師のレベルは最低だった。
小中学校共に最低だった。
教育委員会は相変わらず最低だ。

娘は高校に上位合格し、私と共に「ざまあみろ」と言った。


いろんな事に手を出して、明るい高校生活を送っていた。

娘が学校の様子を話すと、
鬼嫁は
「高校生がそんなことしてるの」
と嫌な顔をしていた。


今時、どんな高校に行っても同じだ。
私は何も言わなかった。

解き放たれた解放感と、
認めてくれる人間に恵まれているはずだ。
学校活動も活発だった。
絵も描けば、スタジオでドラムまで叩いていた。
アマチュアとしちゃトップクラスだが、
手を広げ過ぎていると案じてはいた。


子供自慢をしたいのではない。
ここの教育体制は最低最悪だったのだ。
名の通った元教師が学校に乗り込み、
教師を怒鳴りつけることも珍しくなかったのだ。



ずいぶん昔、中学の同級生が中央から県の教育委員長に赴任した。
バドミントンクラブに入りたくて私を誘った奴だ。
成績は万年学年2位。
だんとつトップは私のクラスにいた。
(彼は大学にも高専にも行けなかった)
この県の教育に問題は有りませんと抜かした。
そんな事を言う奴ではなかったはずだ。
気弱で優しい奴だった。
思いつめるタイプだった。
お前は何を考えているのだと腹が立った。
数年後に病気で亡くなった。
そして思った。
病気で亡くなることを覚悟していたのだろうか。
だから余計な事を言わなかったのか。
いや、違う。
役人というものは、そんなことしか言えないのだろう。
それが役人なのだろう。



便箋は5枚だった。



こんにちは親父。
腰の具合はいかがなものでしょうか。私は今、少しづつ疲れがでとる。最初に断っておくが、私はあなたゆずりで字がヘタなので読みにくいのを念頭においてがんばって読んで下さい。更に、文の上手い下手はあまり考えずに読んで頂けるとありがたい。(上手く書こうとは思ってない)

◎バイトは勝手にやるかもしれないので、よろしく。
ローソンで、今予約中(?)です。近場だし、迷惑はかけずにやるのであまり気にしないで下さい。
私は最近ヒマでヒマでどうしようもないのでバイトをしようと思ったのです。本当に毎日ヒマで、何だか悔しいので、、、、。と、まぁその辺はどうでもいいとして、とにかく勝手にやるのでよろしく。

◎ペンは疲れるし、ていねいに書くのも疲れたのでダブルつかれでもうてきとーに書く。(いみふめい)
バンドは金やっぱかかる。けど月500円。初回のみ800円。(というか4,000なんだけど5人いるから800円。あ、その後は1回2000円なのだそうだ。
2,000だから1人400円・・・って。あれ?1人250円って友人は言ってたような、、、???まあとにかく細かい事わかったら知らせる。
あ−、あとメンバーは〇〇高2人〇〇高2人(私いれて)〇〇高1人の計5人。皆さん初心者で一応私のみが経験者。少々皆のレベルが怖安。
私一番きっとレベル高い・・・・・ イライラしそう

◎文理わけについて◎
迷ってます。
関係ないのかもしれないけど、仲の良い友人(というか話せる人)全て文系。(話せる人って本よむ人とかだし。。)それに私自身の得意なものもわからない。
1回でも、例えまぐれだとしても
(学年)「10番」
という数字をとってしまった。(国語で)
いままで数学が得意だと思ってたからわけわからん。
そういえば。物理の教科書みたら、ちょうど私のすきな分野ばかりだった。(中学のときのりかの)
ああいうのは好き。うふふふ。
→ 夜は少々おかしくなる。(べつに酒はのんでいない)
私は得意とか不得意抜きにしても理系は好き。ま、ようするに暗記モノがきらいなわけだけど
ついでにチャレンジとか読んでいてわかったのが、「大学」に行ってからのこと。
理系は入ってからがキツいらしい。(本当だそうだ)
◎ただ私は文系の職業もかなり興味ある
でも「勉強したい」のは、どちらかと
理系だと思うんだよ。うん。やっぱ理系かな?パソコン極めたいし。
文理わけについての私の考えは以上です。

◎今は10:.30。なんとなく、まだ手紙書いてる。高校に入り、なかなか良い友人を発見しました。好きな本とかのハナシもできるし、というより興味のある分野が似ている。
性格は全々似てないけどたどってきた道がとても似ている。

◎高校に入って、本当に今年は良い年だな、と思うけど。
今年はおひつじ座のとしなので(ツキがおくとし)
その為、というのもあって、来年あたりプツン、と寂しくなるのでは?と心配してる

(弟は)頑張って上に行って勉強ばっかりやるのは嫌だって。だったらあんまり勉強しなくてもそこそこの成績でいられるとこがいいって。
そう言ってる。たぶんけっこう悩んでる。
「私の学校はムリ。」だって。(教師は受験させたがっていた)
うーん。とにかくおやじも何か言ってください。弟へはげましの言葉をかけてやって、そして何か良いアドバイスを!!

◎最後にピッチの件、(パソコンも)ありがとう。今年は良い年です。こわいくらいです。
バイト決まったらピッチの通話りょうくらい払うから。じゃ、またそのうちあいましょう。
from ○○○
p,s, ヒマつぶしにでもなれたのならばこーえーです。



ここまでが便箋4枚分。


長女には文才もあった。
弟が自分で作文や感想文を書いたのは1度だけだだろう。
いつも長女が代筆していた。

何という駄文だ。
漢字まで間違えている。
この、不安の入り混じった、やる気の無い文章はいったい何なのだ。
長女の文章とは思えない。

大ケガで入院中の私はそれ以上深く考えなかった。
今までの事を考えれば、
幸せすぎるのが恐いのだろうと捉えてしまった。


そして大きなミスをしでかしてしまった。 



便箋5枚目。



馬鹿らしいと思いつつ半々くらいで心配している自分が悲しい。阿呆ですな!私は!!
ところで。
母上が私をきちがい(× 2)と言うのです。



その後もさんざん言った。


言ってることがおかしいとか、なんとかかんとか、それって私がきちがいとかそういうんじゃなくて、考える視点の違いだと思うのだけど、違うのか?うー?わかわからん。


この部分を便箋4枚目までの文章と切り離して読んでしまった。
それまでの境遇から抜け出したことに心を奪われていた。

長女の書いた事は何も間違っていない。
ちゃんと分かっているじゃないかと安心した。


これは長女が発したサインだった。

2ヶ月後に退院した頃には様子が変だった。
二次障害に片足突っ込んでいた。
学校で何かがあったことくらいは察しがついた。
私なんぞ気分次第で自主休校したものだが、ちゃんと通学していた。
その程度で潰れてしまうとは考えられなかった。
鬼嫁がバカなことを言ったのだろうとしか考えられなかった。
「きちがい」と言い続けたとしか考えられなかった。

2年生になった頃は完全な二次障害だった。
戸塚ヨットスクールにぶち込むしかないのかなと真面目に考えた。
それは、死んでも諦めるという意味だ。



深夜の街中で泣きじゃくる鬼嫁に、
「死んだと思え」
「元々いなかった子だと思え」

と言ってなだめた。

悲しい言葉だ。



ADHDの概念が日本に入りかけていた頃だ。
私はADHDという言葉を知らなかった。
ADHD当事者が犯罪を犯すことは考えにくい。
被害者になる恐れは多大だ。
ADHDを知らなかった私でも、
長女の行動を見て同じように考えていた。
私も同じような経験をしたし、
長女の思考法が私に似ていることを知っていた。

被害者になる事を恐れた。

被害者=死



居場所を見つけ出し、乗り込んだことがある。
どんな悪ガキ共が居るか分かったものじゃない。
鉄パイプ持参だ。

たむろしている家に着いたら、母親らしき小柄な女性が出てきた。
鉄パイプ持参の私に対して一歩も引かない。

女性の後ろを亭主がコソコソと逃げて行く。
あの情けない亭主の姿を忘れられない。

女性が毅然として言った。
「あの子たちは優しい子なんです」

そこへ悪ガキの1人がやってきた。
息子らしかった。
身体がでかくて強そうだ。
鉄パイプ持ってるけど勝てるわけが無い。

母親に向かって、優しい声で
「どうしたの?」

拍子抜けした。
俗に言う悪ガキとは明らかに違う。

母親は相変わらず毅然とした口調で
「あんたは、あっちに行ってなさい」

息子は大人しく行ってしまった。
自分の居場所を失っただけの子供に思えた。
ここにたむろしているのは、
学校や大人達から拒否された子供達なのだろうと思った。



私は確信した。
この人なら世間から子供達を守れる。
この家にたむろしている限り安全だ。
安心して預けて置ける。
預かって欲しい。



何も言わずに帰ろうとしたら、先ほどの息子が走って来た。
「○○○ちゃんが逃げた」

みんなで手分けして探した。
1度は見つけたが逃げられた。

しばらく探したが諦めて家に戻った。
深追いすれば、長女が追い詰められてしまうだけだ。



私の県はADHD研究の先端を行っていた。
学校関係者(長女も感謝している)の計らいでADHDと診断されたが二次障害の極致だ。

主治医に恵まれ徐々に回復した。
生半可な年月ではない。

その医師は私にもADHDのお墨付きをしてくれた。
確定診断されることなど始めから分かっていた。
幼稚園の頃から長女の行動が、
普通じゃない事に気付いていたのは私だけだ。

私に似ていたのだ。
私より極端だったのだ。
私より利発だった。


私も生きずらさを味わった。
長女は私より生きずらさを味わうことになるだろう。
長じるにつれ、表現する能力に長けていることも分かった。

一般社会の掟を叩き込まねばならない。
団体の中で生きる方法を叩き込まねばならない。
言葉の暴力しか手段が無かった。
それが虐待であることは分かっていた。

長女は目立ち過ぎた。
最低最悪の教師共が跋扈した時期と重なった。
長女は表現力も運動能力も優れていた。
成績も良かった。

バカ教師共は能力を伸ばす術さえ知らず、長女を追い詰めた。
私より知識が無いバカ共なのだ。
そんな教師共に何が教えられるのだ。

長女は良く耐えた。
長女は少々のことでは潰れはしない。
高校でのことは鬼嫁が原因としか思えない。
高校を出た後も、何度「きちがい」と言ったことか。

あっちで自慢すりゃ、こっちで貶す。
長女は小学生の時からそれを知っている。
自分が言われたことも知っている。
長女は筋の通らないことでキレられたこともある。




◎弟は33番だったらしい。(秋口から塾に通い上位、本人が蹴飛ばしたけど長女の高校を受験するよう指導された)本人は満足している様子だ。私からみると「あれだけやって33?」と言いたいけど言わない。それはとてもざんこくなことなので…。
しかし母上は「あんまり良くなかったね。」と言い、弟はショックをうけた。自分的に満足した「33」という数字を回りは認めてくれず、そればかりか「良くない」と言われ、←(だぶってる??)本気で落ち込んでいる。
だから父上!そのへん、お気をつけて!
→ あー、あと。オトウト。商業に行きたいって。
高校でも野球やりたいから。