原発事故は既に風化した。
生存権も基本的人権も認められないらしい。
日本国民じゃないらしい。
それなら、こちらも日本を国家となど認めない。
選挙に行くのは、もう止めた。
2011年3月11日から総てが狂ってしまった。
東京電力の原発事故が追い打ちをかけた。
私は東京電力を許さない。
「私には関係ありません」と言った、東京電力東京本社の課長共はリストラされたのかな?
経営陣は当初の狙い通り、税金投入に成功した。
政府と東電は何もしなかった。
自民党の谷垣は政局争いの茶番劇の道具にした。
政治家辞めろ。
東電は只の1人も死して詫びていない。
私はガラスバッチを携行させられている。
FUKUSHIMA 原発避難日記 その46:半・半・全!
相変わらずセンスの良い記事だ。
記事要旨
震災から1年半、ようやく地震による家屋の損害調査が行なわれた。
福島の自宅は母屋が半壊、納屋 半壊、土蔵 全壊。
自宅の母屋は、さほど損害があるようには見えないのだが、
雨漏りが酷くて半壊認定に。
通常であれば、地震で瓦が落ちたり壊れたりした所に、ブルーシートをかけて土嚢などで押さえたりといった応急処置をするが、原発事故のため地震直後に避難をしなければならなくなり、その後立ち入りも禁止され屋根瓦が壊れたまま数ヶ月間にわたって放置。その間に降った雨によって 屋根から天井から柱、壁、床、根太までやられてしまった。
避難区域には、そういった被害を受けた家が多い。
もし土蔵が崩れ落ちたら、隣近所にも迷惑をかけてしまうのではないかと気をもんでいたが、やっと罹災証明が発行(今頃ですか?!)されたので、環境省の出先機関に家屋の解体処分申請を行うことになった。原発半径20キロ圏内は優遇措置があるのか、半壊以上なら国が解体してくれるらしい。
でも、手を付けるのは何時になるかまったくめどが立っていないとか。 ダメじゃん。
かくして、帰る家がなくなっちゃってボヘミァ〜ン状態である。
ちなみに地震保険は、警戒区域は調査が出来なかったが、半壊扱いで保険金がおりた。(特例なのかな?)
ウィキペディアよりABCCとは
原爆傷害調査委員会(げんばくしょうがいちょうさいいんかい、Atomic Bomb Casualty Commission、ABCC)[1]とは、原子爆弾による傷害の実態を詳細に調査記録するために、広島市への原子爆弾投下の直後にアメリカが設置した機関である。
米国科学アカデミー(NAS)が1946年に原爆被爆者の調査研究機関として設立。当初、運営資金はアメリカ原子力委員会(AEC)が提供したが、その後、アメリカ公衆衛生局、アメリカ国立癌研究所、アメリカ国立心肺血液研究所(en:National Heart, Lung, and Blood Institute)からも資金提供があった。1948年には、日本の厚生省国立予防衛生研究所が正式に調査プログラムに参加した。
施設は、広島市の比治山の山頂に作られた。カマボコ型の特徴的な建物であった。
ABCCは調査が目的の機関であるため、被爆者の治療には一切あたることはなかった。 ここでの調査研究結果が、放射線影響の尺度基本データとして利用されることとなった。
1975年、ABCCと厚生省国立予防衛生研究所(予研)を再編し、日米共同出資運営方式の財団法人放射線影響研究所(RERF)に改組された。
生存権も基本的人権も認められないらしい。
日本国民じゃないらしい。
それなら、こちらも日本を国家となど認めない。
選挙に行くのは、もう止めた。
2011年3月11日から総てが狂ってしまった。
東京電力の原発事故が追い打ちをかけた。
私は東京電力を許さない。
「私には関係ありません」と言った、東京電力東京本社の課長共はリストラされたのかな?
経営陣は当初の狙い通り、税金投入に成功した。
政府と東電は何もしなかった。
自民党の谷垣は政局争いの茶番劇の道具にした。
政治家辞めろ。
東電は只の1人も死して詫びていない。
私はガラスバッチを携行させられている。
FUKUSHIMA 原発避難日記 その46:半・半・全!
相変わらずセンスの良い記事だ。
記事要旨
震災から1年半、ようやく地震による家屋の損害調査が行なわれた。
福島の自宅は母屋が半壊、納屋 半壊、土蔵 全壊。
自宅の母屋は、さほど損害があるようには見えないのだが、
雨漏りが酷くて半壊認定に。
通常であれば、地震で瓦が落ちたり壊れたりした所に、ブルーシートをかけて土嚢などで押さえたりといった応急処置をするが、原発事故のため地震直後に避難をしなければならなくなり、その後立ち入りも禁止され屋根瓦が壊れたまま数ヶ月間にわたって放置。その間に降った雨によって 屋根から天井から柱、壁、床、根太までやられてしまった。
避難区域には、そういった被害を受けた家が多い。
もし土蔵が崩れ落ちたら、隣近所にも迷惑をかけてしまうのではないかと気をもんでいたが、やっと罹災証明が発行(今頃ですか?!)されたので、環境省の出先機関に家屋の解体処分申請を行うことになった。原発半径20キロ圏内は優遇措置があるのか、半壊以上なら国が解体してくれるらしい。
でも、手を付けるのは何時になるかまったくめどが立っていないとか。 ダメじゃん。
かくして、帰る家がなくなっちゃってボヘミァ〜ン状態である。
ちなみに地震保険は、警戒区域は調査が出来なかったが、半壊扱いで保険金がおりた。(特例なのかな?)
ウィキペディアよりABCCとは
原爆傷害調査委員会(げんばくしょうがいちょうさいいんかい、Atomic Bomb Casualty Commission、ABCC)[1]とは、原子爆弾による傷害の実態を詳細に調査記録するために、広島市への原子爆弾投下の直後にアメリカが設置した機関である。
米国科学アカデミー(NAS)が1946年に原爆被爆者の調査研究機関として設立。当初、運営資金はアメリカ原子力委員会(AEC)が提供したが、その後、アメリカ公衆衛生局、アメリカ国立癌研究所、アメリカ国立心肺血液研究所(en:National Heart, Lung, and Blood Institute)からも資金提供があった。1948年には、日本の厚生省国立予防衛生研究所が正式に調査プログラムに参加した。
施設は、広島市の比治山の山頂に作られた。カマボコ型の特徴的な建物であった。
ABCCは調査が目的の機関であるため、被爆者の治療には一切あたることはなかった。 ここでの調査研究結果が、放射線影響の尺度基本データとして利用されることとなった。
1975年、ABCCと厚生省国立予防衛生研究所(予研)を再編し、日米共同出資運営方式の財団法人放射線影響研究所(RERF)に改組された。
コメント
コメント一覧 (5)
行政に担当部署が無いんです。「男女共生センターに相談したら」なんて言われました。主治医を通して、医大のカウンセラーに相談するようになるかもしれません。
愚痴と言ってるけど、ヨウ素に始まり、セシウム、ガンマ線、放射線量、内部被爆に外部被爆、自然や生態系、ガラスバッチにWBC,自主避難と保障賠償。原発難民や仮の町。健康調査という名の低線量被爆研究のモルモット。中間貯蔵庫。未だに続く原発事故のげで税金アップ。
こんな言葉の意味を県民みんなが知っていることが異常です。
そんな環境の中で暮らしていること自体が異常です。
あさんのブログに原発事故のコメントすると他の方たちが引いてしまうので、迷惑を掛けているな―と思っています。コメントというより私信ですものね。
にほんブログ村には「原発事故」に関連したカテゴリーが在ります。チョッと覗いてみたら、福島県の方達が多いです。みんな同じこと考えてるんだなと思いました。私より過激なこと記事にしてます。
民報や民友の記事でも載せたいのですが、残念な事にリンクも流用も禁止されてるんです。悪用しなければ見逃してくれるとおもいますけど。
今日は気持ちのいい晴れた日になってる。
体調はどうですか?家族の事寂しいかぎりでしょう。
県も国も東電と同じ穴のムジナのまま・・・
除染なんか意味ないし汚染物質を自宅保管とか
なぜ東電本社に送りつけないのかしら(怒)
天皇陛下夫妻が時期に来県するとか
「危険な場に行くのは」と宮内庁が心配したとか。
そんな危険な場に子供と暮らすのは役場職員が多い?
目に見えない物に慣れつつある日々が怖いです。
何十年か経た時にどんな結果になっても「因果関係は無い」
そう言うのは海外の真似なんでしょうけど・・・・
愚痴愚痴と言ってもしょうがないか、ごめん。
急に寒いくらいになってきたです。
くれぐれも風邪をひかないように気を付けて。
我慢はやめましょう・・・きちんと行政に言うべき。
家族の事考えるの当然と思うけど、まずは自分を守って。
家庭内での暴力は一番悪質です・・・
ぴっぴちゃんの世話ができなくなったらどうするの。
夕飯は9時前に済ませる方が体のためだけど
一人でなにもかもやるんだから時間かかるよね・・・
県は健康調査の前に「隠ぺい工作」?と思えるような
内緒の会議をしてたとニュースでやってたけど
「やっぱり」と思ったです、どんな病が出ても
県知事・幹部は「因果関係ない」と言わせたいようです。
真っ先に逃げた人達のする事らしいと思ったです。
台風が県内を通過するなんて珍しいですね。
いつもは太平洋側か日本海側に抜けるのに。
夜中から土砂降りでした。風は弱かったです。
セシウムやプルトニウムなんて、詳細に調べれば、あちこちで見つかると思います。もちろん県外でも見つかると思っています。
ピッぴの散歩前にリハビリすると散歩に行けなくなってしまいます。
散歩はのんびりと30分〜1時間。一休みしてから30分〜45分間リハビリをしています。休憩も入れますので晩飯は夜の10時ころになります。今夜はこれから晩飯です。
金曜日に暴力を受けました。杖で殴られたり、突き飛ばされたり (T_T)
杖が曲がってしまいました。手術した個所の近くが痛みます。2週間後に病院で検査してきます。何を考えてるのか全く理解できません。役所に言おうかとも思いましたが、当人達の将来を考えてやめました。
台風の被害もなく安堵しています。
そちらはどうですか、今日はまた暑い日です。
あの震災と事故が一時に起きなかったら
人生変わらない人が多いはずです。
東電は自分の保身だけは守り、被害受けた県民は
泣き寝入りして当然と思ってるのが悔しいです。
なぜ自家栽培の作物が危険になったのか事実見てない。
放射線・セシウム・プルトニウムなんて言葉を
気にして暮らす生活が当たり前になるとは・・・
庶民の愚痴は言ってもきりがなく、賠償も無い。
体調はどうですか?無理はしないように。